「ポストモダン・リベラル」の真髄を見た!

-BuzzFeedNews 2019/08/14 「東浩紀があいちトリエンナーレのアドバイザー辞任へ 「“表現の自由vs検閲とテロ”は偽の問題

どこから批判すればよいのか迷うくらいの醜態ですが、ここでは東が「外交問題」やら「顧客の感情」やらをまるで自然発生した与件のように扱っていることを問題にしたいと思います。戦争(や植民地支配)の犠牲者を追悼する像など世界中にいくらでもあるのに、なぜ日本軍「慰安婦」犠牲者を追悼する像がこれほどの反応を引き起こすのかといえば、それはこの社会がとことん歴史修正主義に甘い社会であり、それどころかマスメディアは歴史修正主義に媚びるかのような報道を続けてきたからです。東「南京事件否定論にも場を与えよ」浩紀も言論人としてそうした事態に加担したひとりであって、その責任を棚上げして津田大介を批判するなど到底許されることではありません。

「ガメカルト」ツイッターアカウントのリスト(2019年7月20日現在)

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パクリ亀のブザマな言い訳とチープな恫喝

すでに法華狼さんが詳細に報告されているので蛇足ではありますが。

画像の盗用を指摘されてひねり出した言い訳がこれなんですが、

archive.is

第一に当該のツイートは「返事」じゃないし、どこからどう見ても「間を置かずに」投稿する必要のある内容じゃないし、おまけに「著作権の許容範囲内」でもなく、なんと最初から最後まで嘘だという体たらく。なぜここまで嘘を盛る必要があるのか……と考えてみたら、もともと嘘に嘘を重ねるのはガメの常套手段でした。「ゴボウデマ」について根拠となる「裁判記録」の実在性に疑義を唱えられると「岩川隆「神を信ぜず」立風書房(文庫はダメ)「末尾参考図書」に挙がっていると思うよ」と言い出した、あれです。「忘れた」とか「教えない」と突っぱねるだけでは不安だったんでしょうが、なにも『神を信ぜず』なんか持ち出さなくてもねぇw 古い本だから時間が稼げると思ったのでしょうが、調べればすぐにバレる嘘であるわけです(なぜかこのときは「寓話だ」という言い訳は思いつかなかったようで)。しかも「(文庫はだめ)」と無駄なディテールを足してそれらしく見せようという姑息さ。

ご存知のようにガメはその後告発者を恫喝にかかります。

archive.is

archive.is

むろん私からみればこんなのはただのチープなハッタリであるわけですが、この安っぽい手口もおなじみのものです。9年前にも「Apemanさんにとって致命的なことも含まれているので、事実関係そのものについては、ここにコメントとして書くわけにはいかない」なんてことを言ってましたし、同じコメントのなかで「わっしがむかし研究者として在籍したことのある大学の先生(たまたま歴史の先生、セイヨーシだが)」と権威に無駄に訴えかける手法も使っていました。当時の読者からガメが読者に「スパイリスト見ると怖いよ」などと吹き込んでいたことも暴露されています。自分を大きく見せるためにほのめかすのが公安的機関だというところに、ガメのパーソナリティが現れているのでしょう。

なおこの桜井誠チックな恫喝はさすがにまずいと思ったのかリカバーしようとしたガメ、「あのね。「問題移民」ちゅうのはアメリカやイギリスや日本からヘイトや差別を持ち込んでくる移民のことですね」とさらに嘘を重ねていました(笑) 嘘ついてないと死ぬのかな?

 

7月7・8日「盧溝橋」報道

先ほど調べた結果、「盧溝橋事件」に関する記事は日経新聞と、時事通信および時事から配信を受けたウェブニュースサイトの記事しか見つけることが出来ませんでした。そのいずれもが「新華社によると」という形式で独自取材はありません。内容的にはこれまたいずれも「最高指導部メンバーの出席は伝えられていない」「最高指導部メンバーの出席が見送られた」という“中国情勢”記事でしかありません。なお朝日新聞は中国人原爆犠牲者の追悼行事を伝える記事のなかで「追悼式は毎年、日中戦争の発端となった盧溝橋事件(1937年)の起きた7月7日に近い日曜日に開かれている」としているのが7日、8日の唯一の言及のようです。

それ以外に文春オンラインの連載「昭和の35大事件」が、1955年の『文藝春秋臨時増刊』に掲載された「昭和の35大事件」から、元大亜細亜協会理事中谷武世の手記を小池新氏による解説付きで掲載しています。手記は中国共産党謀略説を主張していますが、解説は「具体的な説明はなく」「一方からの解釈と見るべきだろう」と謀略説に懐疑的です。

『中国戦線九〇〇日、四二四通の手紙』

-朝日新聞DIGITAL 2019年5月28日 「山梨)日中戦争 戦地の様子生々しく 手紙を書籍化

 「中国戦線九〇〇日、四二四通の手紙」と題された一冊の本が出版された。収められているのは、出征した日中戦争の戦地から若き兵士が留守宅の家族へ宛てた便り。約2年半、ほぼ2日に1通の割合で、戦場や街の様子をルポルタージュのように生々しく伝えた記録だ。

(後略)

この手紙についてはNHKオンラインが2016年に「戦跡 薄れる記憶」シリーズの一つ「憲兵だった父の隠された手紙」においてとりあげています。地上波で放送したという情報を見つけることができず、また私自身当時見かけた記憶もないので、NHKオンライン独自のコンテンツのようです。「戦跡 薄れる記憶」はいまのところ2017年版2018年版の存在を確認できました。

朝日の記事にある書籍は手紙を書いた五味民啓さんを著者として、本の泉社から刊行されています。タイトルに「四二四通の手紙」とあるものの収録されているのは約半数、ただし山梨平和ミュージアムで全体を閲覧可能、とのことです。

五味氏の所属部隊は第101師団歩兵149連隊。第101師団は第3師団、第11師団に続く第二陣として上海に派遣されていますが、上海陥落後は南京には向かわず上海の警備任務などについていますので、狭義の南京事件についての記述はないものと思われます。しかし民間人の不法な殺害がすでに上海で始まっていたことを示す記述は見つかりました。

 土民はたいていおとなしい者ですが、まだ危険性もあります。

 毎日二三人で附近の部落の偵察を行ひ、怪しいものは銃殺や刺殺に處してゐます。

(1937年11月16日付の手紙)

 日記ではなく手紙なので、11月に書かれたと思われる手紙に9月の出来事が書かれていたりします。上海上陸(9月22日)直後、おそらく24日のこととして先行した第3師団についての記述があります。

 (……)二日して楊行鎮に到着して何萬の大軍の前に二三百名でささえてゐる名古屋師団の兵隊と交代した。その時の名古屋の兵隊は殆んど生き残りで、佛に近い様なやつれた姿だった。

直ちに101師団も激戦を経験します。

 (……)敵との物凄い交戦が始まったのはその夜からで、上陸後第三日目からである。新聞の連戦連勝の記事や日本軍の強さなどあてにならぬ程強い支那軍だった。(……)

その他、興味深い記述があれば折に触れてご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

ガメ自身が予め封じていた「寓話」説

ガメの「ファランクス」の一部は「ゴボウ」デマを「あれは寓話だ」として擁護しようとしている。ガメ自身がさんざん「歴史記述」という土俵での自身の正当性を訴える(というか厚かましいことにマウンティングする)主張を繰り返していたことを考えるとこれほどアホらしい擁護論もないのだが、中でも決定的なのが次のようなガメの発言だ。

BC級戦犯で犯人の特定が難しかった、というのは、こういう話しをするときは言わない方がいいと思います。論点がうまくつかめない独学のひとだ、という印象を与えてしまうのね。

 

なぜかというと、それは「当たり前」のことで、そもそもBC級戦犯の問題は

 

「犯人を特定する気なんか初めからまったくなかった」ことにある。

 これはガメが「ゴボウ」デマをバターン死の行進中の出来事として描いてしまったことと関係がある。実際に捕虜虐待で責任を問われたのは捕虜収容所の関係者が多い。被害者と加害者が長期にわたって接触していた捕虜収容所の場合には被疑者の特定が容易だったが、「死の行進」の途中での出来事ならば当該兵士の特定は困難だったのではないか? という点を私が指摘したことに対する反応が上記の発言だったのである。

ところが、である。これ、ガメが「寓話」を意図していたのだとするとありえない反論なのだ。なぜなら、“異文化間の誤解に基づく悲劇”の寓話をガメが意図していたのであれば、ごぼうを食べさせた=捕虜に親切にした当人が死刑になった、という要素は「寓話」に不可欠なものであるはずである。ところが、「ゴボウ」デマの歴史記述としての真正性を疑われた途端、ガメは「犯人を特定する気なんか初めからまったくなかった」として被告人がゴボウを食べさせた本人であったかどうかなどどうでもよい問題だ、と主張してしまったからである。はっきり言って、このただ一点だけでも「寓話」説は完全に破綻していると言わざるを得ない。

 

ところでこのくだらない「寓話」説を反芻していて思い出したことがある。それは百田尚樹の『日本国紀』が書籍の分類コードでは「0095」、すなわち「日本文学、評論、随筆、その他」を割り振られている、という指摘である。宣伝文句では「日本通史の決定版!」を謳っていながら、一般読者がほとんど注目しないCコードでは「日本文学、評論、随筆、その他」扱い。この構図、本人が「歴史記述』としての正当性を主張していながら事実無根を指摘されると周囲が「寓話」だと言い抜けしようとする「ゴボウ」デマとそっくりではないか。

あまりにも無理筋な「寓話」論がはからずも、ガメの歴史修正主義者としての正体を暴露してしまったとすれば、なんとも滑稽な話である。

 

 

『主戦場』への遠吠えまとめ

先日ご紹介した山岡鉄秀に加えて、ケント・ギルバートが『正論』の6月号で負け惜しみを書いています。とるに足らない内容ですが、「性奴隷の定義がどんどん勝手に広げられていく」と「かつてのGHQの「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」のようで洗脳そのものです」というクレーム(いずれも96ページ)には笑いました。映画は「性奴隷」の定義について国際法を参照しつつ出崎監督の見解を示していくのですが、カリフォルニア州弁護士にとってこれは「勝手に」なのだそうです。後者については、右派論壇が盛んに言い立てる「WGIP」論の空虚さを示すものです。その他、現時点で気づいたものをメモ。

-テキサス親父日本事務局 2019年4月16日 「フェイキュメンタリー・フィルム 切り取り・デマ・捏造のカタマリ」

-日本会議 2019年4月19日「ドキュメンタリー映画「主戦場」について」

小林節なんかに取材したせいで、たしかにあの映画の日本会議に関する記述には事実に反するところがあったので、この抗議については「負け犬の遠吠え」とは言い切れないですね。

-なでしこアクション 2019年4月23日 「映画「主戦場」について」

その他動画をいくつか。

-字幕【テキサス親父】 慰安婦欺瞞ドキュメンタリー「主戦場」-Part1 - YouTube

-字幕【テキサス親父】 慰安婦欺瞞ドキュメンタリー「主戦場」・その2 - YouTube

-【上念司の深掘りPart5】① ヤッちまった師匠SP!まさかのケント師匠が騙されて反日映画に出演!? - YouTube

-従軍慰安婦映画『主戦場』の悪辣な手口|山岡鉄秀|『月刊Hanada』2019年(令和) 6月号|花田紀凱[月刊Hanada]編集長の『週刊誌欠席裁判』 - YouTube