wam アクティブ・ミュージアム女たちの戦争と平和資料館の公式サイトにおいて、「日本軍慰安所マップ」が公開されました。マップだけでなく日本軍「慰安所」についてのイントロダクションと根拠資料も付属する力作です。
また、同じく wam のサイトで公開されていた「河野官房長官談話後に発見された日本軍「慰安婦」関連公文書等」が2016年にリニューアルされ「日本政府認定済公文書」と「日本政府未認定公文書」をあわせて閲覧できるようになりました。遅まきながらご紹介させていただきます。
皆さんすでにご承知のとおり、映画『主戦場』の出演者のうちテキサス親父、ケント・ギルバート、藤岡信勝、藤木俊一(テキサス親父の中の人)、山本優美子の各氏がミキ・デザキ監督に対する民事訴訟を起こしました(訴状)。「Youtube の動画を無断で使用」などという主張は「引用である」で一蹴できそうですし、歴史修正主義者*1などと言われて「名誉を毀損された」という主張は「論評である」で片付きそう……と、まあ無理筋な訴訟に思えます。原告の一人藤岡信勝と、原告に加わらなかった杉田水脈とが関わっている「新しい歴史教科書をつくる会」は、教科書刊行運動としてはもう完全に終わってしまっているので、こういうかたちで「運動」を続けるしかないのでしょう。
彼らの不満は煎じ詰めれば「最初に思ったような映画になってなかった」ということに尽きるわけですが、取材対象者のこうした不満に基づく損害賠償請求については、近年の判例でかなり高いハードルが設定されてしまっています。「女性戦犯法廷」についての ETV 特集をめぐって VAWW-NET が NHK 他を訴えた裁判、およびチャンネル桜が NHK スペシャルの「JAPANデビュー」シリーズをめぐって NHK を訴えた裁判。右も左も敗訴したこれらの裁判で、取材対象者の「期待権」にもとづく請求はいずれも斥けられたからです。
しかも、肝心要の有罪判決言い渡しシーンをカットされてしまった女性戦犯法廷関係者の裏切られ方に比べた場合、『主戦場』に出た右翼たちのクレームのは「自分たちの側が最後に話すように編集しろ!」というものにすぎないので、いじましいにもほどがあります。
訴状の中では「インタビューの順序」という見出しをつけて述べられているこのクレームがまったく正当性をもたないのは、次のような理由によります。
そもそも映画『主戦場』は、「慰安婦」問題に関してなにかしら新しい情報を掘り起こした映画ではありません。映画が含んでいる情報はほとんど全て、書籍やネット上のコンテンツの中に含まれていました。多くの観客の注目を集めたケネディ日砂恵氏の離反にしても、マイケル・ヨン氏と彼女がトラブっていたことはヨン自身がブログで暴露していましたから、まったくの新事実というわけではありません。
かといって、デザキ監督はジャーナリストを自称しているわけではないので、これはあの映画のマイナスポイントにはなりません。なにがいいたいかというと、あの映画で吉見義明氏や渡辺美奈氏などが語ったことは、監督を訴えた右派出演者たちにとって完全に予測可能なことでしかなかった、ということです。藤岡氏らは吉見氏らが語ることを先取りしてあらかじめ反論することができたはずなのであり、それをせずにかねてからの主張をただただ繰り返したのは自分たちの選択した結果なのです。
いまからだって「再反論」することはできます。"punish-shusenjo.com" などというこっぱずかしいドメイン名を獲得する暇があるのなら、さっさと再反論すればいいじゃないですか。それをしないのは……できないってことなんですよ。
改めてこの社会がどれほど歴史修正主義に支配されているかを可視化することとなった、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」。政界の歴史修正主義汚染を象徴する人物の一人、稲田朋美衆院議員は次のようにツイートしています。
(愛知トリエンナーレ)陛下の写真を焼く映像、日本軍が未成年者を強制連行し性奴隷にし殺害したとのデマを象徴する少女像を展示することは、靖国訴訟で原告主張の民族的人格権(今回は日本人の)を侵害するおそれもあり、公金を投ずべきでない(私見)。私的展示は自由であり本来公金支出の裁量の問題。
— 稲田朋美 (@dento_to_souzo) October 11, 2019
実際に展示されていた作品についてとてつもなくデタラメな理解をしているのはもう右翼のデフォルトなので、いちいちツッコみません。
ここで「靖国訴訟」とされているのはおそらく、朝鮮半島出身軍人・軍属の韓国人遺族が、靖国への合祀に対する損害賠償を国などに求めて起こした訴訟のことでしょう(2006年5月26日「しんぶん赤旗」の記事)。「今回は日本人の」と( )書きされていますから、原告が外国人の訴訟であることは確実です。靖国に関しては高金素梅さんら台湾人遺族も訴訟を起こしたことがありますが、2005年6月15日「しんぶん赤旗」の記事には「民族的民族権」という用語は見当たりませんでした。以下、前者の訴訟を指すものとして続けます。
リンク先の記事にもあるように、韓国人遺族の主張は斥けられ、請求棄却となっています。裁判所のこの判断の当否はおくとして、靖国に合祀された死者と遺族の関係性に比べれば、昭和天皇と「日本人」の関係は遥かにぼんやりとしたものです(右翼がどんな寝言をほざこうが)。韓国人遺族の「民族的人格権」の侵害すら認められなかったのに、それを引き合いに出して「民族的人格権(今回は日本人の)を侵害するおそれもあり」などと主張するのは、弁護士としてものすごくセンスが悪いですよね。実際に請求が認められた事例を引き合いに出すならともかく。
ちなみに稲田議員とも浅からぬ関係にある人々が『朝日新聞』を相手に起こした訴訟(朝日グレンデール訴訟)では、原告は「民族的アイデンティティ権」なる概念を持ち出しています。
2018年2月の東京高裁判決(敗訴した原告が上告しなかったため確定)では、原告の主張には次のような判断がくだされています(平成29年(ネ)第2594号 米紙謝罪広告等,各米紙謝罪広告掲載等請求控訴事件)。
(1) 控訴人らは、争点1に関し,控訴人らが主張する民族的アイデンティティ権,すなわち,民族的アイデンティティを人格的自律の中核に置いて生き, そのアイデンティティを構成する民族の歴史的事実や民族に対する相対的評価を虚偽の中傷によって歪曲ないし損壊し,もって民族的アイデンティティに基づく社会的評価及び名誉感情を棄損されない権利ないし利益は憲法 13条の人格的自律権に由来する憲法上の権利であり,その存在が社会的に 認知されている以上,その内包が主観的であることを理由に集団の特定性を否定することはできず,被控訴人の本件各記事の掲載等によって,「日本人 としてのアイデンティティと歴史の真実を大切にし,これを人格的尊厳の中 核に置いて生きている日本人」の名誉が毀損されたものと主張する。
控訴人らは,本件訴訟において,被控訴人の本件各記事の掲載等によって, 名誉が毀損されたとして,私法上の救済として,名誉回復のための謝罪広告 等又は慰謝料の支払を求めているが,人格権たる名誉権の侵害とは人の客観 的な社会的評価を低下させる行為をいうのであって,そこでいう社会的評価 は名誉権侵害を主張する特定の人に対する評価であることは,私法上の権利侵害の救済を図ることを目的とする不法行為制度が当然の前提とするところである。そして,控訴人らが主張する「日本人としてのアイデンティティ
と歴史の真実を大切にし,これを自らの人格的尊厳の中核において生きている日本人」ということだけでは,社会的評価が帰属する人として特定しているものと評価できないばかりか,社会的評価が帰属する一定の集団を構成する人としても特定しているものとは評価できないことは引用に係る原判決(第3の1 (5))が説示したとおりである。このことは,民族的アイデンティティ権が憲法に由来する権利であるかどうかに関わるものではない。
チャンネル桜あたりが稲田センセーの判断を信用してまたお得意の「一万人集団訴訟」なんかを起こしたとしても、同じような判断が下るでしょうね。
今年の夏に(といってもいまだ夏のような暑さですが) BS1 スペシャルとして放送された「隠された“戦争協力” 朝鮮戦争と日本人」が地上波でも放送されます。日本政府主導ではなく米軍主導の動員だったので地上波でも放送できるんでしょうね。もっとも番組そのものはよい内容でしたが。
この番組に限らず、NHK のドキュメンタリーを見ていると、全国に張り巡らされたネットワークの力、またとりわけ高齢者にとっての NHK の“威光”のようなものを感じさせられることが少なくないのですが、90年代後半以降、その力がもっと旧日本軍の加害に向けられていればこの社会の歴史認識も随分違ったのだろうな、ということも同時に感じます。
-47NEWS 2019/9/21 対韓国「歴史戦」の布陣に 日韓基本条約揺らぐ事態も
先に組閣された改造安倍内閣について「歴史戦」シフトとして“解説”した共同発の記事ですが、ちょっと信じがたいような一節があります(下線は引用者)。
元徴用工訴訟問題では国際法違反の早期是正を要求し、貿易面では輸出管理強化を徹底する。教科書検定への干渉は許さず、日本国内の「偏向」報道は目こぼししない。領土や海洋権益の問題には厳しく対応する―。各閣僚は連携して、安倍政権としての強い姿勢を示していくとみられるが、こうした対応で、果たして文政権から譲歩を引き出せるだろうか。
下線部は要するに安倍政権が意に沿わない報道をしたメディアに圧力をかけるつもりでいると予測しているわけですが、それに対するこの記者の反応が「こうした対応で、果たして文政権から譲歩を引き出せるだろうか」ですよ! まるで「それで文政権から譲歩を引き出せるのであれば、報道への圧力もしかたない(あるいは歓迎すべきだ?)と言わんばかりです。「偏向」に「 」がついているということは、これがあくまで安倍政権の観点からの「偏向」でしかなくその評価を記者が直ちに受け入れているわけではない、ということのはずです。しかしそうであれば、「文政権から譲歩を」引き出せるかどうかなどということとはまったく無関係に、メディアとしてそのような政府の姿勢を批判しなければおかしいでしょう。
“解説”者を気取るメディア人がただの翼賛者に堕するとは、こういうことなんですね。
主要エントリリストを記した記事のコメント欄に興味深いコメントをカーツウェルさんから頂戴したのですが、議論には不向きな場所だったのでこちらに転載させていただいたうえでお答えしたいと思います。
従軍慰安婦の待遇のうち、外出の自由について、以下のように言われたんです。こちらで探しても外出の自由を制限するのは見つかるがそうでないのが見つからずです。
何か心当たりがあれば助力をお願いしたいのですが、対応は可能でしょうか。先方は従軍慰安婦資料集成を根拠に
しているそうです。常州、マニラ、イロイロには外出を許可制とする規程があるがマステバ、遠山隊、中山隊、石兵団、スチュアード等過半数の部隊には外出を制限する規定はないので「慰安婦に外出の自由がない」は間違い、もしくは印象操作
元のツイートはこちらですね。
https://twitter.com/MituzoJ/status/1171989571661225985
そもそもそんな事実があれば秦郁彦が持ち出さないはずがないのであって、調べるまでもなく胡散臭いですよね。さらにすべての軍「慰安所」について営業規定が見つかっているわけではない以上、「過半数の部隊」というのはまったく無意味な主張です。
とはいえそれで片付ければ向こうが勝利宣言するに決まってます。文書名にきちんと言及されていないので100%確実とは言えないかもしれませんが、『政府調査 「従軍慰安婦」関係資料集成』に収録されたものだとすれば、このネトウヨが言っているのはおそらく以下の資料です。いずれも第3巻に収められているものです。
「マステバ」=「軍人倶楽部規定[マスバテ島警備隊長]」(第3巻60番)
「遠山隊」=「外出及軍人倶楽部ニ関スル規定[直兵団遠山隊]」(3巻82番)
「中山隊」=「軍人倶楽部利用規定[中山警備隊]」(第3巻89番)
「石兵団」=「石兵団会報」(3巻91番)
「スチュアード」=「海軍慰安所利用内規[第12特別根拠地隊司令部]」(3巻106番)
最後のものなどは「利用内規」という文書名だけからもわかることですが、これらはいずれも日本軍将兵に対して、「慰安所」の利用方法を示した文書です(「石兵団会報」にはそれ以外の内容も含まれる)。「外出及軍人倶楽部ニ関スル規定」の「外出」というのも日本軍将兵の外出を指しています。だからこれらの文書はそもそも軍「慰安婦」に適用されるものではなく、「慰安婦」の外出を制限する条項が含まれていないのはあたりまえです。
当該文書さえ探し当ててしまえば「石兵団会報」以外は大した量の文書でもないですからすぐバレる話で、インチキにしてはずいぶんと安易です。かといってざっと見るだけでも日本軍将兵を対象とする規定であることがわかる文書を誤読するというのも底抜けのマヌケさですし……