『中国行軍 徒歩6500キロ』*2

旧軍兵士や将校が書いた戦記、回想録というのは読み物としてはともかく、史料としては専門家のフィルターを通さないかぎり、素人には扱いにくいものである。意図的な嘘や隠蔽がないとしても記憶違い・勘違いといったことはあり得るからだ。古本屋で見つけたこの本を買ったのは、先日読了したばかりの『中国戦線従軍記』(藤原彰)と同じく、大陸打通作戦に参加した元兵士の戦記だったからだ。著者の所属は「中支那派遣軍化学部付き迫撃第四大隊第二中隊」であり、迫撃砲のガス弾を使用していたことが記されている。実戦で使用したことが明記されているのはくしゃみ弾だが、びらん性ガスも保有していたこと(米軍の報復を恐れ、19年8月に返納したとある)が明らかにされている(110-111頁)。
華中から華南が作戦地域だったせいか、民間人の殺害の記述はない。ただし、行方不明になった日本兵を探すために住民を捕らえて拷問にかけた経験は記されている。

この拷問で自分はイヤな思いをした。細部は略する。(110頁)


兵隊の日常生活や略奪の様子などは他の証言とよく一致している。三年兵や四年兵の勝手放題なふるまいも藤原彰が指摘している通り*1。また、米軍の飛行場を占領した際、大量の食料や爆弾が平気で遺棄されていた、という記述も藤原証言と一致する。


ところが不思議なことに、本書には藤原彰が所属していた第27師団が登場しないのである。55頁に「湘桂作戦に参加した11軍の師団」という一覧表があるのだが、そのなかに第27師団がない。他方、『中国戦線従軍記』では第27師団は第11軍に転属された、と書いてある(83頁)。もっとも、第27師団は華北満州を経て大陸打通作戦に第二線兵団として参加しており、藤原氏にしても詳しい事情は戦後に戦史を読んで知ったとあるので、そのあたりの混乱があるのは無理もないかもしれない。藤原氏がわずかに触れている第3師団(本書の著者の部隊が所属していた師団)の行動は、本書の記述と一致している。

*1:もっとも、休暇交替制度がない軍隊で古参兵が荒んでゆくのは無理もなく、責めるべきは日本軍であろう。