基本的な事実を無視して語られる南京事件

この問題についてはすでに青狐さんが「概説書を読まずに南京大虐殺はありえないと言い出す現象」として注目しておられるが、それにしても南京事件に関するネット上の発言に見られる事実誤認、事実の無視はちょっと度を過ぎているのではないか。


 まずは青狐さんがコメントされている「エンコリの韓国人に激怒!3」。青狐さんのコメントに対する返答がひどい。
常識的に考えれば分かることです。
仮に外に10万人の「民間人」が居たとして、日本軍が攻めてきた時に、その人達はただボーっとしてたんですか?
日本軍は城内に敵がいるのに外の「民間人」を強姦し、虐殺していたんですか?
あっという間に10万人を殺せるような火力は日本にはありませんよ?
「常識的に考えれば」と口にするご本人が、一番「常識」を無視している。「その人達はただボーっとしてたんですか?」はホロコースト否定論でも見かける論法だが、実際この論法を使うならホロコーストであろうとルワンダダルフールでの虐殺であろうと、大量虐殺はことごとく否定してしまえる。当時の南京は日本軍(と揚子江)によって包囲されていたのだから、南京から遠くへ脱出することは困難だった。もちろん、だからといって「ボーっと」していたわけではなく、隠れたり(難民区などへ)逃げたりしたわけだが、それでも捕まったり難民区から連行された人々が殺害されたのだ。
 また、柳川第十軍司令官の「山川草木全部敵なり」ということばや、南京攻略戦に参加した部隊の軍紀の弛緩ぶりを考えれば、「城内に敵がいるのに外の「民間人」を強姦し、虐殺していた」ことに行動原理としての矛盾はまったくない。さらに、12月13日以降はもはや「城内に敵がいる」という状態ではなかった。
 そしてなにより、「あっという間に10万人を殺」したなどという主張は誰一人行なっていないのであって、東京裁判の事実認定でも事件は6週間にわたって行なわれたものとされている。いずれも秦郁彦の『南京事件』一冊読んでいれば書きようがないデタラメばかり。順番は前後するが
南京は城壁にかこまれた市です。
城壁の外に10万居たってほうが矛盾してます。
というのも基本的な知識の欠如を晒している。この分では、虐殺の多くが城外で行なわれたとされていることも知らないのだろう。
 もう一つ。
無知なあなたに説明しますが、証言は、それ自体に証拠能力はありません。
証言=証拠と考えているなら、勉強しなおしてください。
読んでいるこちらが恥ずかしくなる。刑事訴訟法を読めば、法廷での証言こそが「証拠」の範例であることが分かる。もちろん歴史学でも、各種の「証言」は当然証拠とされる。その証言が鵜呑みにされたりしないのは当たり前のことであって、他の証言、証拠との一致・不一致、その証言が行なわれた状況などに照らして信憑性が吟味されるわけだ。いずれにせよ「証言は、それ自体に証拠能力はありません」というのは否定論者からですら初めて聞く珍説だ。いったいネタ元はなになんだろう?

 次に、さすがの青狐さんも早々にさじを投げたと思しき「首相の靖国参拝、なぜ悪い?」のコメント欄。ツッコミどころが多すぎるので2、3に絞ると
あのぉ〜・・・・・
これら資料を、
ワタシに読めとおっしゃっているのでしょうか?
であれば、申し訳ございませんが
これらの資料は、南京事件、いや南京大虐殺
正当化するための資料を
集められたものだと思いますので
遠慮させていただきます。ごめんなさい。
と、はなから拒絶。いったい「南京事件=あった」説の根拠となる史料を読まなければ事件を否定することだってできないと思うのだが…。この人にとって「読む」ことは直ちに「信じる」ことを意味するのだろうか。
・・・戦後、多くの日本人が
共産党に洗脳され、共産国の手下となって
日本に帰ってきています。
なので、もしも、日本軍の史料だから・・・では
ワタシには、まったく説得力ナシです。
中帰連批判で必ず見かけるネタだが、このロジックで日本軍の戦闘詳報や陣中日誌まで否定するつもりなのだろうか?また
あの数のすべてとはいいませんが
かなりの数は、日本兵によるものではなく
中国共産党(中国兵)の人間だと思っています。

南京大虐殺は、中国政府の政権維持のための創作です。目的は、日本を悪者にして、それに勝った共産党政権をありがたらせるため。
も、ネット上でよく見かける「共産党も国民党もごっちゃにした」デタラメだ。国民党政府は共産党を利するために南京軍事法廷を開いた、とでも言うのだろうか。このところちょくちょく言っていることだが、日本軍の戦争犯罪をこれ以上問題化したくないと思っている人々こそがこの手のずさんな否定論をなんとかすべきではないのだろうか。これじゃあまるで、「日本にはデタラメな根拠で日本軍の戦争犯罪を否定する勢力がいる」と宣伝するための工作員じゃないか!


とにかく不思議で不思議でならないのは、これほどまでに基本的な事実についての知識を欠きながら、なにゆえあそこまで自信満々足りうるのか、である。


 追記:「なにゆえあそこまで自信満々足りうるのか」についてD_Amonさんが推理してくださいました。そのエントリの結び部分の
否定論の宣伝において国民党と共産党の区別もついていないのは、宣伝の原型が冷戦時の「共産主義陰謀論」*3にあり、無知な人に何でもかんでも「共産主義者」が悪*4ということを吹き込もうとしている可能性が考えられます。
ですが、おっしゃる通りだと思います。今の20代以下の人々にとっては冷戦なんて過去のはなしなのに、いまだに呪縛は大きいのだなぁと。日本における冷戦の影響というのは前々から気にかかっていることで、『冷戦文化論』(丸川哲史双風舎)なんて本も買ってあるんだけど読む時間が…。