『私は「蟻の兵隊」だった』*1

とりあえずさっと目を通しただけですが、映画を観たひとにとっても読むに値する一冊だと思います。奥村氏は早稲田専門学校(早稲田大学の夜学)の商科に在学中に徴兵され、帰国後復学(卒業はできず)したという、当時としてはまずまず高い学歴の持ち主で、そのせいだけでもないだろうが自らの経験をきっちり振り返って言語化しようとする意思が強い。今よりも学歴格差が大きかった時代のことだから、戦後に研究者になるような人物は戦争中も将校だったりすることが少なくないわけで(藤原彰しかり、また大江志乃夫も陸軍航空士官学校在籍時に終戦を迎えている)、これまでにいろいろ読んできた一兵卒の回想の中でも非常に自覚的なものの一つだという印象を受けた。
特に興味深いのは、捕虜時代〜帰国後〜山西省残留問題に取り組んで以降〜映画の撮影で訪中してから…という心境の変化についての証言。捕虜時代には中国共産党の思想教育にさかんに反発していたのに、帰国後「現地除隊」にされていたという処置や公安の嫌がらせへの怒りもあって、人によっては「図式的」とも評するであろう旧軍批判に傾いた(だから、戦死した戦友の「慰霊」もしたことがなかった)奥村氏が、映画の撮影で山西省の村の住民、元八路軍兵士、性暴力の被害者と対面して戦争への認識をさらに改めてゆく…という事情が語られる第5章は白眉。奥村氏は、妻にもまったく話してこなかったこと―人を殺したという経験―を、戦後60年たってようやく語る決心をする…。