「純粋に質問」とのことなので…

こちらも「純粋に回答」することにする。

純粋に質問なんですが、「侵略/被侵略」というのと「便衣兵の取り扱い」は切り分けて考えるべきではないのですか?
(http://d.hatena.ne.jp/myhoney0079/20060905/p6)

この「質問」の背景は青狐さんのこのエントリ、およびそこで言及されている(私もこのエントリで間接的に言及した)ブログ。ちなみにmoyhoney0079氏の当該エントリでは炎如氏が「ゲリラ戦術は、兵の強弱に起因する戦術のひとつだが」とコメントしているが、これは問題のごく一部を言い当てているに過ぎない(それ自体として間違いではないが、それだけでは足りない)。
さて、便衣兵=ゲリラ兵問題について考えるには、戦時国際法が近代国家間の戦争の範型として考えているようなタイプの戦争をまずは考えてみる必要がある。近年の例でいえばイギリス・アルゼンチン間のフォークランドマルビナス紛争のような。二つの国民国家間に国境をめぐる争いがあり、通常の政治的手段による解決の努力が行き詰まり「政治の延長」としての戦争に至ったとする。この場合、両当事者にとっての目標は「当該紛争地域を実効支配すること」、すなわち紛争地域から相手国の軍隊を駆逐すること(ないし降伏させること)である。それ以上でもそれ以下でもない。軍事的な勝利によって当該地域の領有権を相手に認めさせることができれば、その地の住民は以降「自国民」として自国の国内法に基づき処遇するか、「自国領土に残留している他国人」として処遇(強制退去など)すればよいことになる。
では南京攻略戦、より一般的に言って日中戦争とはどのような戦争だったのか? 日本にとって日中戦争の「目的」とは何だったのか? 日本は中国の領土を占領し、それを日本領とすることを目標としていたのではない。なにを目的としていたかと言えば、要するに中国に「日本にとって都合のよい政権を樹立する」ことを目標としていたのである。上述した範型的な戦争との相違は、1)帰属に関して争いのある地域ではなく、日本側にとっても異論の余地なく中国領である地域で起きた戦争である、2)占領地域を日本領とすることが目的ではないから、占領地域の住民をすべて「新国境」の外に追放することは解決策にならず、「日本に従順」な住民に「改造」する(ないし従順な住民のみを選別する)必要がある、の2点である。仮に日中戦争が「日中間で国境線に関して争いがある、と国際的にも認知されている地域」で起きたのだとすれば、当時の価値観からいって一方的に「侵略戦争」との烙印を押されることもなかったであろうし(ただし、開戦した側はパリ不戦条約違反の責めを受ける可能性はある)、敗残兵や捕虜、「反日」的な住民は新国境線の外部に放逐してしまえばよかったのである(国際的な非難を浴びてまで敗残兵、捕虜、民間人を殺害する必要性はさらさらない)。そうできなかったのは、上述したような日本側の戦争目的のためである。
南京攻略戦に関する限り「便衣兵」の実態はほとんどなかったことは改めて強調しておくが、他方日中戦争全体を通じて言えば中国側がゲリラ戦で抵抗したことは事実である。そしてゲリラ戦で抵抗された側がしばしば(というかまず間違いなく)民間人をも殺害の対象としてしまうことは、ヴェトナム戦争や(第二次)イラク戦争の例からも明らかであろう。というのも、そもそもゲリラ戦*1による抵抗をおこなうのは、基本的に「自国領土内で戦っているが、正規兵同士の戦闘では不利である側」に限られる。侵略軍に対して防衛軍が優位に立っているならば、わざわざ非戦闘員を動員する必要がない。他方、侵略した側が軍事的に劣勢に立ったからといって、戦闘地域には自軍の味方をする住民がいないのであるから、ゲリラ戦を展開しようがない。


このように、南京攻略戦において日本軍が安易な「便衣兵」認定に基づき敗残兵や民間人を虐殺したことは、日中戦争の性格と切り離せない現象である。日本軍が日本の領土内で中国軍と戦っていたのであれば(「侵略/被侵略」の区別が効いてくるところ)、「便衣兵」と「非戦闘員」を識別する必要がそもそも生じない。日本の領土内にいる中国人はすべて戦闘員であるから、降伏すれば捕虜とし、攻撃してくるなら応戦すればよい。日本側の戦争目的が「新国境の画定」なのであれば、中国人をすべて新国境の外側に押し出せば足りる。だが、現実はそうではなかった。「どうせ便衣隊だから殺されて当然」という認識は、こうした事情(プラス、南京攻略戦ではそもそも「便衣兵」の実態がほとんどなかったという事実)をまったく無視した愚論である。

*1:ここで言うゲリラ戦とは正規兵がおこなうゲリラ戦術(フィリピンでの日本軍のような)による戦闘ではなく、戦闘員と非戦闘員の境界が曖昧となるような国民挙げての軍事的抵抗のこと。日本も沖縄ではこの意味でのゲリラ戦をおこなった。