『徹底検証◎昭和天皇「独白録」』

『近代とホロコースト』についてのエントリがちっとも進展しないではないか、とお怒りの読者が(少なくとも)約一名おられると思うのだが、その一名には別件で些少ながら貸しをつくっているのでご容赦いただくことにして、またしても寄り道エントリ。


1990年に「昭和天皇独白録」が発表されたのを受けて翌91年3月に大月書店から出版された、4人の現代史家(藤原彰・粟屋憲太郎・吉田裕・山田朗)による非公開シンポジウム(って、ようするに「独白録」の発表を受けて急遽行なわれた研究会、ってことでしょう)の記録。
「独白録」が公表された当時の自分自身の反応についてはまったく記憶がないのだが、「独白録」を資料として用いた研究成果については読んだことがあるけど実はこの「独白録」そのものは読んだことがない。なんでいまごろこの本を読む気になったかと言えば、例の「富田メモ」が公表されたときの反響から連想した、というわけ。「富田メモ」に関して、左翼の私にとってもさほど違和感のない対応をしていた秦郁彦はこの「独白録」についても「英文版があるはず」と予測して、その予測はばっちり当たっていた。


興味深いのは、「昭和天皇独白録」がもっぱら対英米戦争への責任を主眼において作成されているため、日中戦争などに関してはかなり脇が甘い…という指摘。そのため、意図に反して結果的に昭和天皇の「戦争責任」を明らかにしてしまっている部分がある、というわけ。英米(およびその他の欧米諸国)には目配りしているがアジア諸国の被害については冷淡…という戦後日本の歴史認識の原型がここにあるわけだ。


不謹慎だけど思わず笑ってしまったのは、粟屋憲太郎の次の指摘(100頁)。

粟屋 これはバカな例ですけど、『週刊文春』に渡部昇一が、天皇南京事件について触れていないから南京事件はなかったんだと、かなり知能水準を疑われることを言っているのには驚きましたね。

まあ渡部昇一が「知能水準を疑われる」ようなことを発言するのは珍しくないので「驚き」はしないが、これが「南京事件否定論者」の水準だよ、ってことで。


昭和天皇を免罪する主張の一つに、「昭和天皇は正確な情報を与えられていなかった」というものがある。しかしこの点についても、上の引用の直後で議論されており、陸軍と海軍からそれぞれ独立に情報を得ていた昭和天皇は、当時の日本においてやはり特権的な地位にいたことがよくわかる。陸軍が海軍に(あるいは海軍が陸軍に)対して正確な情報を示さない、ということは度々あったわけだが、昭和天皇ただ一人が陸海軍双方に遠慮なく問いただすことができる立場にいたわけである。


この本と、『昭和天皇独白録』とを読んでからソクーロフの『太陽』を観ていれば一層面白かったかもしれない…。