『日本の戦歴』、『未公開写真に見る日中戦争』



残虐な画像を含むのでサムネイルをクリックする際にはご注意をば。
すべての写真について、モザイク又は黒線での目隠しは引用者によるもの。また、引用を最少限にするため無関係な写真にはボカシ処理をかけてある。


A 捕虜殺害に関連するもの。




いずれも『日本の戦歴』より。見開き写真を1ページずつスキャンし再合成した。サムネイル左は第二次上海事変の際の上海、右は通州事件直後の天津。ともに右下に後ろ手にしばられた死体?*1が写っている(右写真では足も縛られ、目隠しをされている)、「不許可」のスタンプが押されている。通常の戦死者でないことは一目瞭然。



『未公開写真で見る…』より。歩兵第59聯隊所属の関口併吉氏が撮影し、寄稿したもの。上の写真(3)には「鉄嶺ニテ銃殺セル馬賊ノ首」という手書きのキャプションがあるが、それが事実だとすると死後に首を切断し、見せしめとしたものと思われる。


B 戦場の慰安婦




サムネイル左は『日本の戦歴』より。ガダルカナル島に向かう輸送船の中とされている。兵士と同じ輸送船で渡航したわけである。
サムネイル右は『未公開写真に見る…』より、やはり関口氏の撮影。「女たちを集めて前線へ送りとどける」ことが「兵站の仕事」とされていることに注目。



『未公開写真に見る…』より、「雲南・北ビルマの日本軍慰安婦」。写真上の右端の女性は妊娠しているように見える。写真下の女性の多くはカメラとは別の方向を向いている(目隠しをしたためわかりにくくなっているが)。

*1:262ページ以降の解説中、おそらくはサムネイル左の写真について次のような読者からの手紙が紹介されている。「……この写真の右端に倒れているのは、日本の陸戦隊に殴打されたものです。私はこのとき通訳でした。だがこの兵士は“大中華民国とこの広大な土地はどんなことがあっても日本のものにはならぬ”と絶叫したのです。私はこの兵士の言葉と主張をいまでも胸にきざみつけています。(後略)」 というわけで、サムネイル左の右下の中国兵については生死不明。この注と疑問符を追記。