ノアム・ハユット氏報告会

Arisanさんが紹介しておられたことですが、土井敏邦監督のドキュメンタリー『沈黙を破る』の出演者の一人で、イスラエルNGO「沈黙を破る Breaking the Silence」のメンバーでもあるノアム・ハユット氏(元イスラエル軍将校)が来日し、昨日6月1日*1に十三の第七藝術劇場で「報告会」と題するイベントがあったので参加してきました(Arisanさんもおられたのかな?)。一連のイベントについてはこちらに『沈黙を破る』公式サイトからの告知があります。
通常映画を上映している劇場で行われたイベントはパイプ椅子の補助席が設置される盛況ぶりで、旧日本軍の戦争犯罪に関連したイベントに比べると若い聴衆の比率も多いように感じました*2。70年前の日本と現在のパレスチナ、どちらにより「当事者意識」をもつのが正しいのか、というのは確かに微妙と言えば微妙な問題ではありますが。もっとも、イベントの冒頭土井監督が強調していたのは、映画『沈黙を破る』がイスラエルパレスチナ問題についての映画ではなく、より普遍的なものに迫ろうとしたものだ、ということでした。これは「虐殺なんてどこの戦場でも起きてるじゃん」という相対化の論理とは似て非なる視点であって、われわれが遠いイスラエルで起きていることに関心をもつべき理由に関わるものです。土井監督も中国戦線での旧日本軍の戦争犯罪に言及していましたが、「相対化」とは別の仕方で南京事件パレスチナ問題をつなげる回路は確かにある、ということですね。
さてハユット氏が語られたことのうち、印象に残ったこと(および私の感想)を箇条書きで。ただしあくまで私の記憶によるものであってハユット氏に文責を帰しうるものではないとご了解下さい。

  • 占領地の実態については、占領地で勤務した(元)将兵と一般社会の間に大きな認識のギャップがある。(→これまでに読んだ参戦将兵の回想記や帰還兵の心理についての研究に照らせば、普遍的と言ってよい現象だと思います。「話してもどうせわかってもらえない」という理由で口を閉ざす帰還兵は少なくないようです。)
  • NGO「沈黙を破る」の活動に対して「裏切り者」扱いしたり英雄視したりする両極の間にいる、多数の“実は知っているのに認めようとしない“人々が問題。(→これまた、旧日本軍の戦争犯罪をめぐっても同じことが言えるでしょう。)
  • 軍が「沈黙を破る」の活動を妨害しようとしたこともあったが、イスラエル市民はイスラエルのリベラルで民主主義的な法によって護られている、その法がアラブ系住民を護らない、という逆説がある。(→この「逆説」にハユット氏が自覚的であることが、今回もっとも感銘を受けたことのひとつでした。)

そのほか、マクロな議論よりも「戦場の将兵の視点」にこだわろうとする姿勢を明確にしていたことが印象に残りました。下級将校として民家の接収を命じられた時の経験を語った後、「現場の人間にとっては“占領”とは好き勝手に選んだ家に行ってそこの住民に“出て行け”と言って他人の私有財産を自由に使えるということだ」(大意)と語っておられたのは、僭越な言い方ですが多少は日中戦争について調べたことのある人間として非常に腑に落ちました。
ちなみにNGO「沈黙を破る」はアメリカのユダヤアメリカ人団体から財政的な援助を受けているそうです。「イスラエル・ロビー」がアメリカにおけるユダヤ人のすべてではない、ということですね。イベント終了後に、会場で販売されていた「沈黙を破る」の証言集DVDを購入しました。「沈黙を破る」の英語版サイトでも証言ビデオをみることができます。

*1:エントリを書いているのはまだ6月1日の時点ですが。

*2:もっとも、従軍慰安婦に関するイベントでは女性に限れば若い参加者もけっこうみうけられる、というのが個人的な印象ですが。