要は志の問題

匿名ブログなんて泡のようなもんです。
誰もまともなことが書いてあると思って読んでいるわけがない。

昨日引用したガメ氏の文章ですが、同じようなこと言ってる人がいます。

tari-G 読んでない, 今後も読まないかもw 経緯は知らず顛末も追ってませんが基本的には誰であれ帰還は嬉しく感じてしまいます。ま、ネットなんて大概はいいかげんなものですからテキトーに頑張ってください
(http://b.hatena.ne.jp/entry/gameover1001.wordpress.com/2010/02/27/smackproof/)

ま、たしかにブクマ弁慶には「いいかげん」なことしか書きようがないでしょうがね。仮に事実問題としてネット(ブログ)の情報の多くが信憑性を欠いているとしても、その事実は読み手の側がわきまえておくべきことであって、書く側が言い訳に使ってよいものじゃないし書き手を免罪するために使ってよいことでもありません。平気でデタラメを書く奴は紙媒体にもいます。要は「わっしがむかし研究者として在籍したことのある大学の先生(たまたま歴史の先生、セイヨーシだが)」なんかに依拠した「論証の方法」など使わない、という意志があるかどうかの問題です。


それにしても「活字が涙でにじんで読めなくなる」と言ってたくせに今度は「まーた、日本の人がアホみたいなウソ話をつくっちゃって」と言い出すとは、なんとも大胆ですね。普通の人間はなかなかここまで開き直れるものではないですから、ある意味ではここまで「まとも」でないことを書くには特別な努力が必要なんじゃないでしょうか。例えば、こんな事例。
http://blog.goo.ne.jp/ojisannsama/e/8b515de0f206971c29719eaadfa9c31b
http://blog.goo.ne.jp/ojisannsama/e/c3d5b8586b0ff8e25206177d3143d190
http://blog.goo.ne.jp/ojisannsama/e/a4515254a4bf055dda76ac344df1a203
ざっとまとめると「南京での虐殺はリアルタイムで報道されなかった」と主張→報道された、と指摘される→「ワシはあの記事は信用してないの!!」と論点をずらす→いったんは「リアルタイムで報道された」ことを認めながら、のちになって「記者が、速攻打電して、速攻新聞に載った記事」はなかったから「リアルタイム報道は無かった」と言い出す……という流れです。こういう振る舞いができるようになるまでには、人間はどれほど多くのものを捨て去らねばならないんでしょうかね。


この書き手にしてこのファンあり。
http://b.hatena.ne.jp/gouk/20100301
すごいですね。あれは「ガメさんの妄想」、「ガメさんが妄想した「学者の意見」として書かれてる」のであって、妄想と見抜けない方が悪いんだそうです(笑)