『戦争は女の顔をしていない』

higetaさん経由で以下の記事を知る。

【3月11日 AFP】10日、第2次世界大戦終結から60年を経て、当時米空軍にパイロットとして従軍した女性たちが初めて、米議会で表彰された。


 彼女たちが従軍した部隊の名称は、米空軍女性パイロット部隊(Women Airforce Service Pilots、WASP)。1942〜44年にかけて従軍した女性パイロットは、この短縮形をとって「ワスプ」と呼ばれ約1000人いたが、終戦後は功績を評価されることなく歳月が過ぎた。
(後略)

国家による顕彰、とりわけ戦功に対する顕彰というのはいろいろな問題をはらんでいるものだが、他方でこのニュースが戦争の記憶に関するジェンダー・バイアスの克服に向けた動きという側面を伝えていることも確かだろう。
以前にも言及した『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、群像社)は対独戦争に従軍した旧ソ連の女性たちからの聞き取りをまとめた本だが、これもまた戦争の記憶からどのように女性の体験が排除されてきたかをよく示している。旧ソ連の場合には後方任務だけでなく最前線にも女性兵士が投入されたにもかかわらず。元狙撃兵を捜して職場に行くと「どうして女性の話なんか聞きたいんです?」といぶかしがる男性職員がいる。インタビューの前日、『大祖国戦争の歴史』を読ませて妻が語ることをコントロールしようとする夫がいる。こうした態度はもちろん、戦争中に前線で女性兵士に出会った際の男性将兵の困惑に満ちた態度につながっている。「我々男は女の子たちが戦っていることについては罪の意識を感じていたし、今もその気持ちは変わらない」、「しかし、中立地帯で誰かを殺すために二人の女が狙撃銃を持って匍匐前進するというのはこれは……やはり『狩猟』というしかない。私自身だって撃ったが、私は男だからな」、「そういう女は斥候に行く仲間ではあるが妻にはしない。女性は、母親であり花嫁だ、憧れの対象と思っていた」(いずれも112頁)……。もちろん、こうした意識は少なからぬ女性もまた内面化していた。「私の妻は馬鹿な女じゃないが、戦争に行っていた女たちのことを悪く言っている。『花婿捜しに行ってたんでしょう』『恋に血道を上げていたんでしょう』と。実際は女の子たちはまじめだった。」(114頁)。そうして、女性たちは口をつぐむ。

 私は話したい。すっかり心ゆくまで思いの丈を語り尽くしたい。やっと、私たちの話も聴いてくれる気になったのね? どれだけ長いこと沈黙させられてきたかしら。家でだって何十年も話さないできたわ。戦争から戻ったばかりの頃、私は来る日も来る日も話し続けたけれど誰も聴いてくれようとしなかった。それで私は黙ってしまった。あんたが来てくれてよかったよ。きっと誰か来てくれるって、ずっと待ってたんだよ。くるに違いないって。
(59頁)