ザ・ファクツ

いや〜逃げちゃいましたね。それまでの執拗さ(なにしろ「満十六才ヨリ」という条項が違法であることを認めるまでに6日も粘ったわけだから)を考えるとびっくりするほどの逃げ足の速さです。「最後通告」だ! と脅かして「従軍慰安婦とは何が問題で何を論点としているのか」とか訊いてくるからきっちり答えたというのに。しかも酷いのは、「従軍慰安婦とは何が問題で何を論点としているのか」と問うておいて、後からこんなこと言いだすわけですよ。

その全ての項目をアメリカが訴えているの?意味不明なのだが。
慰安婦決議のその横目全てがあるのか?無いよね。
勿論韓国政府の訴えの中にもない。
(http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120117/1326825260#c1327411360)

だったら最初から「アメリカと韓国は何を問題にしているのか?」と問えばいいのに。しかも、ここでも彼は嘘をついていて、私が挙げたA1〜D-3までの論点のいくつかについては、すでにやりとりの中で米下院決議や韓国政府の主張の中に含まれていることが、他の人によって明らかにされています。それぞれ一例だけ挙げると「2012/01/19 01:05」の maru さんのコメント、「2012/01/23 00:17」の hokke-ookami さんのコメントです。彼の「アメリカも強制連行しか問題にしていない」という主張は、そもそも米下院決議に「強制連行」という文言がないことをしぶしぶ認めたことにより、完全に崩壊していたんですけどね。


「通りすがりの人」a.k.a.「通りすがりに人」a.k.a.「取りすがりの人」のふるまいによって明らかになるのは、ネットの「慰安婦」問題否認論者は自分が持ち出す資料、文献を自分では読んでいない、という事実です。もし自分で読んでいれば持ち出すはずがない、持ち出せるはずがない資料・文献を持ち出し、もし自分で読んでいればできないはずのやり方で持ち出してきますから。米下院決議の大して長くもない全文に目を通していれば、「アメリカも強制連行だけを問題にしている」なんてことは絶対に言えないはずです。「でも、これを書いてしまうと軍の性奴隷という印象から大きく変わってしまうから、長井〔ママ〕さんは「タイトルだけ」しか書かなかったんだよね」についても同様です(彼が一体どこでこんなヨタを仕込んできたのか少し調べてみたのですが、現時点ではまだ判明していません)。著者ご本人から指摘があったように、オンラインで閲覧できる「陸軍慰安所の設置と慰安婦募集に関する警察史料」「日本軍の慰安所政策について」のいずれにも、また『日中戦争から世界戦争へ』(思文閣出版)の第五章「日中戦争と陸軍慰安所の創設」にも、彼が引用した契約条件はそっくり引用されているからです。また、「日本人捕虜尋問報告書第49号」を持ち出した件についても同様です。「慰安婦」の募集について "The nature of this "service" was not specified " とか "On the basis of these false representations many girls enlisted for overseas duty" などと記してある文書を持ち出しておいて、「それ、娼婦の募集である事を偽っていないよね」などと言えてしまうのは、(1) どうせバレないだろうとタカをくくって嘘をついたか、(2) 全文を自分で読んだことがないので自分でも気づいていなかった、のどちらかですが、この場合はおそらく (2) でしょう。
しかしオンライン・オフラインの右派論壇の上流に位置する人々の中には、平気で (1) をやる人間がいますからね。当ブログでもいろいろと実例を挙げてきたように。われわれが本なり新聞記事なりを読んでいて他の文献・資料からの引用に出くわした場合、その引用の正確さ、解釈の適切さについては著者を信頼し、いちいち原文にあたらないことは珍しくありません。素人が専門家と同じレベルで原資料にあたるなんてことは不可能ですし、なまじ原資料を参照したがゆえに誤解することだってあります(原資料のおかれている文脈についての知識が欠けているためなど、で)。それだったら、同じ題材について書かれた別の専門家の本を読んで、資料解釈における専門家間の一致と不一致を把握する方が効率も良く、有益ですらあることが多いわけです。
しかし「否定論産業」にたずさわる右派論壇人の場合、こうした信頼は禁物です。前借金契約を「ただの商行為」の証拠とするなんてのは、やり口としてはまだお上品な方です。「ニミッツ提督の詩」のようにありもしないものをでっち上げたり、「ラーベの感謝状」のように原資料とはまるで反対の趣旨のものに仕立て上げたりすることだってあるわけですから。もともと右派論壇人にシンパシーのない私ですら「まさかここまで?」と思わされることは度々ありました。だから例えば産經新聞だけ読んでいれば、「アメリカも強制連行しか問題にしてない」「強制連行の証拠は吉田清治証言だけ」と思い込んだとしても、不思議ではないわけです。産經新聞「しか」読まない読者と、読者をミスリードする書き手のどちらが悪いかは、言うまでもないでしょう。