「大研究 昭和の陸軍 なぜ国家を破滅させたのか」

文藝春秋』の6月号。半藤一利保阪正康福田和也戸部良一黒野耐の5人による座談会形式。小見出しは次の通り。

  1. 派閥抗争が改革をつぶした 宇垣一成荒木貞夫
  2. エリート教育システムの欠陥 東條英機永田鉄山
  3. 天才戦略家の光と影 石原莞爾武藤章
  4. 良識派は出世できない 栗林忠道今村均本間雅晴
  5. 暴走する参謀コンビの無責任 服部卓四郎と辻政信
  6. 凡庸なリーダーと下克上の論理 杉山元瀬島龍三
  7. 「空気」に支配された集団 阿南惟幾梅津美治郎

ご覧いただけばおわかりの通り、特に新しい論点はみあたらない。また、各小見出しに人名が続いていることで大体の雰囲気はつくと思うが、この種の「人物評」って『文藝春秋』の読者は好きなんだろうな。保阪正康武藤章を評価している、といったあたりが面白い。戸部良一はさすがに研究者らしく「ちょっと酷なことを言うようですが、子煩悩とか家庭的といったようなことは、軍人を評価する局面ではあまり関係がないように思います」と、ともすれば「私生活上のエピソードに関するトリヴィア披露大会」になりそうな流れに逆らっている。
興味深い証言としては、731部隊の証拠隠滅に関するものが。「幕僚統帥」にからんで、参謀が独断で勝手なことをやれる制度になっていたことの例証として、半藤一利が紹介している朝枝繁春(陸士45期、敗戦時中佐、大本営参謀)のエピソード。

 半藤 他にもいますよ。先ほど話に出た朝枝です。終戦時に作戦課の参謀だった朝枝は、戦争に負けると独断ですぐに大本営派遣参謀として満州関東軍へ飛び、七三一細菌部隊の証拠隠滅工作をしたというのです。彼はそのままそこでソ連軍に捕まった。
 私が「そんなこと勝手にできるのですか」と聞いたら、「大本営参謀、派遣参謀というのはすごい力をもっているんだ。関東軍司令官が何を言おうが指揮できる」といい、「あの七三一部隊の後始末をしたのは俺なんだ」とハッキリ言ってました。

もうひとつ、「作戦優位、情報軽視」の傾向とからんで。

 黒野 私は陸上自衛隊で情報の仕事に携わっていたことがありますが、似たようなことがありましたよ。国家戦略に関する情報を上げたら、昔でいえば作戦部にあたる人間が、「こんな情報を上げてこられても、俺たちはなにもできないじゃないか。こんなの出すな」と怒鳴り込んできたことがありました。いまの自衛隊には何も権限がありませんから対応の仕様がないので、怒るのも無理からぬところがあるのですが、でも対応に困るような情報を上げるな、という言い草には参りました。
 半藤 ああ、今でもあるんですね。聞きたくないことは聞かないし、見たくないことは見ないという。これも日本型エリートの問題でしょうか。 

最近はノモンハン事件に関して「日本は負けてない」と言い出すひとも現われているので情けなく思っていたのだが、ちゃんと釘が刺されている。

 半藤 ところが最近、「ソ連崩壊で見つかった新資料によると、ノモンハンで日本は負けてない。死傷者の数はソ連の方が多いではないか」と言ってくる人がいる。
 戦争というのは、殺した相手の数を競うものではなく、どちらが目的を達成したのかによって勝敗が決まるわけです。ノモンハン事件はソ満国境の策定をめぐって争い、ソ連の主張した通りに国境が定まった。このことを理解しないといけません。現在でも何のために戦争をするのか認識していない人が多いようです。