あ〜そうですか
fromdusktildawn 自分がほとんど知識も興味もない問題について、議論が成立するものなのかどうか、やってみたかった、というのが主な動機。
だそうですよ。「やってみたかった」んなら最後までちゃんとやろうな。「○○事件」をでっちあげて見事歴史教科書や歴史学事典や外務省のHPに載せてみせてくれ。それができないんなら、「ほとんど知識も興味もない問題」に首つっこんでもできることはゼロに等しい、という当たり前の結論が確認されるだけのはなしですな。
上の「差分」云々だけど、「私個人としては、南京事件は実際にあったことだと思っている」けどその実「あくまで、素人としての印象の話」で、「専門知識があるわけじゃないので、実際の所はどうなのかは知らないし、そんなに時間をかけて知ろうと思うほど興味があるわけじゃない」にもかかわらず、抽象的に「差分」が問題になると考えることができるのはなぜなのか、さっぱりわからん。というのはレトリックで、それこそ歴史修正主義の欲望そのものだろ。ノルテだってそんないい加減な相対化で仲間面されたら「迷惑だ」っていうんじゃないか。
追記
こりゃなんだ?
http://d.hatena.ne.jp/yousanotu/20080103
かまってほしいのか?