今度は学習塾に街宣だそうな

主権回復を目指す会 掲示板」の2009/07/09 20:00の投稿。

抗議街宣 <全教材を破棄せよ!栄光ゼミナールを店終いに追い込もう!!>
<授業が「南京大虐殺」に「慰安婦強制連行」の丸暗記>

小・中学生七万人へ猛毒(虐日史観)を注入する栄光ゼミナール


日時:7月11日(土) 14:00集合
場所:南浦和駅西口 栄光ゼミナール前(駅前)


【呼び掛け】「村山談話」の白紙撤回を求める市民の会、主権回復を目指す会せと弘幸Blog『日本よ何処へ』、在日特権を許さない市民の会NPO外国人犯罪追放運動外国人参政権に反対する会・東京
(後略)

mixiでこの街宣計画に言及した書き込みを見て「全教材を破棄せよ!栄光ゼミナールを店終いに追い込もう!!」でググったところトップでヒットしたのは例の「この国は少し変だ!よーめんのブログ(日本こそ一党単独極右軍事政権でなければならない)」というブログ。「日本こそ一党単独極右軍事政権でなければならない」と考える人はどんどんこの街宣を支持しよう! と宣伝するのが一番のカウンターになりそうだ。


ところで、掲示板の方で dj19さんから、問題の教材に「市民十数万人を虐殺(南京大虐殺)」と記述されている(らしい)点につき見解を求められたので、ここでも改めて述べておきたい。
まず第一に「市民」という語は必ずしも「非戦闘員」を意味するわけではない。執筆者の意図をここで詮索しても始まらないが、「中国人十数万人」「中国市民十数万人」の意味で「市民十数万人」と書いたのであれば、「市民」は「捕虜および非戦闘員」の総称として解する余地がある。
しかしより根本的な問題として、「十数万人」という犠牲者数推定について異説はあるにしても*1、各研究者は「虐殺」と呼ばれてもしかたないと思う殺害について犠牲者数推定を出しているわけであるから、ことさら捕虜・敗残兵・非戦闘員といった区別をすることは(事件の全貌について詳細に教えるというのではなく、概略のみを教えるという場合には)むしろ二次的なことだと言うべきである。われわれが東京大空襲や広島・長崎の原爆の被害を記憶するときに、軍人・軍属の人数と非戦闘員の人数とをことさら区別していないことを想起すべきであろう。「○○人を虐殺しました」に対して「いや、その○○人のなかには捕虜が△△人含まれているんです」と言ってみたところで、よく考えたら弁護にも何にもなりはしないのである。

*1:この異説−−もちろん否定派の主張は「異説」には含めない−−を併記すべきかどうかはまず第一には入試の実態に照らして判断すべきだろうが、この点については無知であるのでひとまずおくとすると、小学生向けの教材では相当程度の単純化が行なわれるのはやむを得ないだろう。