「誰も教えてくれなかった」からといってデタラメを喋る権利が発生するわけではない

ホドロフスキさんからの情報提供によるエントリです。
TBSラジオ荒川強啓デイ・キャッチ!」の6月11日放送分「ニュースランキング」にコメンテーターとして登場した古市“誰も戦争を教えてくれなかった”憲寿。ランキングの3位、「中国。従軍慰安婦に関する資料を「記憶遺産」に申請」について次のようにコメント(書き起こしは私)。

(……)一方で中国もやっぱり、この〜国内を統合するために、うまく歴史を使おうとしてると思うんですね。それこそ南京事件南京大虐殺に関しても、30万ということは昔は言っていなかった。途中から言いはじめたりしている。(……)

これだけで「ああ、情報源はネットだけなんだな」と見当がつきます。奇しくも(ウィキペディアの記述を信じるなら)古市氏が生まれた1985年は南京大屠殺遇難同胞紀念館が開館した年です。「十年一昔」と言いますが約30年前からの主張を「昔は言っていなかった」と評する時間感覚の持ち主なんでしょうか? でも、「言っていなかった」ってどういう意味?
例えば日中国交回復前後、中華人民共和国政府がことさら南京大虐殺について(その犠牲者数も含めて)とりあげなかったのは事実です。しかしそれはあくまで、日本がサンフランシスコ講和条約の枠組みを尊重するならば新たに侵略戦争戦争犯罪の追及は行うまい、という立場によるものです。となると、この立場は戦後の戦犯裁判を前提しているのであり、その前提には「集団殺害され死体が焼却されたものは十九万以上に達する(……)分散的に殺され、遺体が慈善団体によって埋葬された者は十五万以上に達する。被害総数は合計三十万余りである」という南京軍事法廷の判決(1947年)も含まれているわけです。中国が南京事件についての本格的な(しかし時間などの制約を強く受けた)調査を行えたのは日本の降伏後ですから、この判決が被害者総数についての最初の公式見解であると考えてよいでしょう。そしてこの判決の事実認定について、中国共産党が日本に対してこれを否定するメッセージを送ったことは私が知る限りありません。
そもそもアナウンサーによるニュース概要の紹介からして「日中戦争時の南京占領下で起きたとされる南京事件」という言い草ですからね。「広島市に落ちたとされる原爆」とか「敗戦後の旧ソ連で行われたとされるシベリア抑留」とか言いませんよね? 日本政府は少なくとも虐殺の存在については一貫して「あった」という立場をとり続けているのに、いまやメディアにおいては政府見解より後退した表現がデフォルトになってますね。