秦郁彦、『現代史の争点』、文春文庫

この本は昨年買って南京事件に関する章だけ読み、エントリでとりあげようと思う論点がなかったのでそれっきりになっているのだが、とあるきっかけで目次を読み直してみて興味深い章を発見した。加登川幸太郎の『陸軍の反省(上)』(文京出版/建帛社)を古書店で入手したということについてはこのエントリのコメント欄で報告しておいたが、秦郁彦と加登川幸太郎の対談が「日本陸軍「最後の反省」」と題して収録されているのである(203頁以降)。加登川氏(敗戦時中佐)は南京事件に関心を持つ人間の間では、『偕行』の「証言で読む南京戦史」の最終回に「中国国民に深く詫びる」云々と書いたことで知られている人物であるが、この『陸軍の反省』も当初『偕行』で連載を予定していたところ、第一回が掲載されただけで偕行社が次回分の休載を決定、加登川氏も単行本での刊行を決断したという経緯があったとのことである。単行本(ちなみに下巻も手配済み)の「はじめに」で「私の「反省記」に寄せられた所感」を紹介しているのはそのためだったか、と得心がいった。
登川氏によれば「反省」を記すきっかけになったのは『昭和天皇独白録』における辛辣な旧軍批判にショックを受けたからとのことで、イデオロギー的には私とはまったく相容れない人物ではあるけれども、かつて自分が所属した組織の誤りについて真摯に向き合おうとする姿勢は敬服に値すると思う。

秦 それにしても、なぜこれほどまでに酷いことになってしまったのか……。
登川 最大の罪は作戦、用兵を行なったものにある。大本営陸軍部(参謀本部)の作戦部の連中の責任であることは間違いない。具体的に名前を挙げれば、たとえば服部卓四郎さんです。陸軍作戦の責任者。

このひとことに込められた加登川氏の覚悟は、氏が服部卓四郎と共に、敗戦後戦史編纂を名目にGHQに庇護されていた旧軍関係者の一人であることをふまえればよくわかる。見ず知らずの他人(私にとっては戦史に名を残す全ての軍人がそうである)ではなく身近に接していたはずの先輩を名指しで批判しているのである。


『現代史の争点』については他にもとりあげるに値する論点があるので、それはまた改めて。