「ロビイング」が問題なのか?

asahi.com 2009年3月30日 「報ステの古舘氏発言などに倫理違反勧告 土地改良区報道
報ステ野中広務の戦いでは、ネット国士様はどちらに支援するのか…というのはさておき、いわゆる「差別利権」とは誰の問題なのだろうか? 部落解放同盟であれ朝鮮総連であれ、これらの団体が利益を代表している*1集団は日本社会において人口比から考えればどマイナーもいいところのマイノリティである。それらの集団に属する人々が有権者として行使できる影響力は本来微々たるものでしかない(有権者としての権利を持たない人々も多い)。元来「差別」対策として始まった各種事業のなかに「利権」化しているものがあることは(上記報道とは無関係に、一般論として言えば)確かだろうが、しかしその「利権」なるものは有権者の共謀なり黙認なり無関心抜きでは存続し得ないものだ。
過去の差別への補償としての支出であれアファーマティヴ・アクション的な支出であれ、それらが「利権」化することを防ぐには有権者がこの社会に存在した、そして今も存在している差別と正面から向き合い、その差別の実情に照らして正当な支出とそうでないものとを見分けること、そしてその線引きをめぐって当該のマイノリティと「議論」することが欠かせない。いわゆる「差別利権」なるものは、この社会のマジョリティの側から見れば、こうした“面倒”な作業をやらずにすませるための代償である*2。「差別利権」が解同や総連といった「ノイジー・マイノリティ」を代表する団体の問題とされてしまうとき、マジョリティがこの社会に存在する差別を直視することよりも「カネでカタをつける」ことを選んできたことは忘れ去られてしまう。


よりにもよって村上春樹(のエルサレム賞受賞)批判からホロコースト否認へと傾斜してしまう人物が現れたというそのタイミングで、「イスラエルユダヤ)・ロビー」の影響力を問題視しはじめる人々が現れたことには困惑させられた。というのも、アメリカの中東政策、特にパレスチナ問題に対する取り組みやイスラーム報道にみられるバイアスという問題は、多少なりともパレスチナ問題に関心のある人間にとっては常識に属することであって、いま問題にするならばこれまでも問題にしていなければおかしいし、これまでスルーしてきたのであればいまとりあげる必要もさしてない事柄だと思っていたからだ*3。日本語でパレスチナ問題について語る者にとって立ちはだかる壁とは、まずは日本政府の外交政策であるはずだ。日本政府がパレスチナ和平に関してこれといったイニシアティヴをとろうとしないのは「イスラエル・ロビー」のせいなのだろうか?*4 そうではなく、日本の有権者の間にパレスチナ和平へのコミットメントが十分存在しないからこそ、日本政府は(型通りの声明を出すことをのぞけば)なにもせずにすんでいるのではないのか?
ホロコーストのユニークさにこだわるユダヤ人が、シンティ・ロマや同性愛者の被害の可視化を阻んでいる」といった主張についても同様だ。イスラエルをのぞけばどの国でも「ユダヤ人」は依然としてマイノリティにとどまっている。シンティ・ロマや同性愛者の被害についての認識を怠ってきたことは、誰よりもまずヨーロッパのマジョリティの問題であるはずだ。日本語版ウィキペディアの「ホロコースト」の項目にさえナチス・ドイツの大量殺害の犠牲者がユダヤ人だけでなく「ロマ人、スラブ民族(特に戦争捕虜)、共産主義者ポーランド人、身体障害者、同性愛者など」も含まれていることはきちんと記述されているが、「ユダヤ人が嫌いだから殺しました」や「「優生学はなぜ否定されねばならないのか?」という問題」などといった理解がこの社会ではまだ特別でないことをとあるきっかけで我々は知った。あちこちで「お前は歴史修正主義者について無知だ、おれの下で学びたまえ」的なコメントを書きまくっていた人物も、ホロコーストの「記憶」をめぐるマイノリティ間の対立はご存じなかったらしい*5。ベルリンにロマと同性愛者の犠牲者のためのモニュメントがつくられるという件(→参考)については日本でも報道されていたのだが。こうした無関心もまた「イスラエル・ロビー」のせいだというのだろうか?


追記:特定の個人が特定の問題について無関心であること、言い換えればすべての問題に関心をもっていないこと、はもちろん軽々には非難できない。問題はその無関心をだれかのせいにすること、である。

*1:もちろんこの「代表」性を問題にすることはできるけれども、それはひとまず別の問題、ということで。

*2:カネがマイノリティの間でだけまわるものではない以上、マジョリティの側にも「利権」から利益を得る者がいる、という点は別としても。

*3:ミアシャイマーとウォルトの『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』が刊行された時、私が「これまで中東研究者なら誰しも主張してきたこと」という酒井啓子氏のコメントを引用してお終いにしたのはそうした判断による。

*4:ロッキード事件陰謀説に私がこだわる一つの理由は、「パレスチナ和平に関して日本がアメリカに逆らうようなことをすれば、また田中のようにヤラレる政治家が出てくる」といった類いの主張を封じることが重要だと思うからだ。

*5:某所では、まるで『マンガ嫌韓流』か『ゴーマニズム宣言』読んで「真理」に目覚めちゃった人みたいなことを書いてましたが。