確実なこと

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「B29から原子爆弾が広島に向けて投下され、その爆弾が広島上空で予定通りに作動した」ということのみをもって「広島への原爆投下があった」と考えるのであれば、もちろん「広島への原爆投下があった」という歴史的事実を確認することは「ホロコーストはあった」「南京大虐殺はあった」という歴史的事実を確認することよりもずっと容易だろう。他方、被害の全貌を明らかにすることまで含めるのであれば、はなしはそう簡単ではなくなる。現在でもなお被爆者としての認定をめぐって日本政府と日本国民の間に争いがあるのはその一例である*1。しかしここで問題にしたいのはそのことではない。だからホロコースト南京事件に比べれば「広島への原爆投下」には不明なところが少ない、と想定してもかまわない。まあ原爆よりシベリア抑留を例にとった方が類比関係は鮮明になるだろう、とは言える。
上記ブクマのコメントで“広島と南京じゃ全然違うだろ”という趣旨のコメントをしている人間が無視している、2つの確実なことがある。第一に、南京事件の全貌を明らかにすることを阻んでいる大きな要因の一つは、ほかならぬ旧日本軍がつくり出したものだということ。関係部隊の戦闘詳報がすべて残されていれば、少なくとも南京陥落の直前、南京防衛軍が崩壊しはじめたころから陥落後に厳しい“便衣兵狩り”を行なったころまでの、捕虜・敗残兵の殺害については犠牲者数が相当程度絞り込めたはずだ。しかし周知のようにいまだ発見・公開されていない戦闘詳報の方が多いのが現状。第十軍については法務部の資料(陣中日誌と法務官の日記)があるものの上海派遣軍の分は未発見だし、憲兵隊については回想記がある程度。憲兵や法務官も「氷山の一角」しか取り締まれていないことは自覚していたとはいえ、法務部や憲兵隊の文書が完全に残されていれば民間人の被害についても現状よりは多くのことが明らかにできただろう*2。原爆の開発〜投下の決定〜投下に到るプロセスに関する米側の文書が大量に保存・公開されているのとは対照的だ。
第二に、“広島と南京じゃ全然違うだろ”と言っている人間の中にはただの一人も(と断言してよいだろう)「果たして本当に広島に原爆は落ちたのだろうか?」という問いに真剣に取り組み、証拠を調べ、原爆のことなんて聞いたことがないという相手にすべてを納得させるだけの知識をもつに至った人間はいない、ということ。言い換えれば、「広島への原爆投下」の方が南京事件より不明な点が少ないとしても、「平均的な日本人が原爆について把握している証拠」と「平均的な中国人が南京事件について把握している証拠」*3とを比較すればまさに「どっちもどっち」だろう、ということだ。あたかも刑事裁判における検察側の立証のように、ゼロから出発して立証したうえで「確かに広島に原爆は落ちた」と信じるに至った人間なんてまずいないでしょう。はからずもこの事実の例証になっているのが「五十歩百歩じゃなくて五十歩万歩ぐらいじゃね?」と口にした id:gokinozaurusu だ。「ヒロシマは南京みたいに人数で説が割れてないよね」と無知を露呈しているわけで*4
ホロコースト南京大虐殺の「証拠」が気になる人は、まず自分が原爆やシベリア抑留や東京大空襲をいかに貧弱な根拠で信じているか、を自覚すべきだろう。

*1:さらにアメリカの意図とか日本の降伏判断に与えた影響…といった論点まで含めれば周知の通りさらに議論は分かれる。

*2:もちろん戦闘詳報も民間人の被害を明らかにするための資料たりうる。

*3:ここで「証拠」とは利害関係のない第三者を説得するに足りるもの、とする。

*4:ちなみにアメリカの教科書では、ほぼ即死と推定される犠牲者の数を記載していた例もある。