「上海派遣軍慰安所酌婦契約条件」が人身売買契約であることについて

「通りすがりの人」a.k.a.(以下略)にはまだ早い話ですが、いずれ必要になるかもしれない(あまり期待はできないですが)のでメモとして。
彼が持ち出してきた「上海派遣軍慰安所酌婦契約条件」は次のような内容です。

一、前借金      五百円ヨリ千円迄
  但シ、前借金ノ内二割ヲ控除シ、身付金及乗込費ニ充当ス
(中略)
一、前借金返済方法ハ年限完了ト同時ニ消滅ス
  即チ年期中仮令病気休養スルトモ年期満了ト同時前借金ハ完済ス一、利息ハ年期中ナシ。途中廃棄ノ場合ハ残金ニ対シ月壱歩
(中略)
一、精算ハ稼高ノ一割ヲ本人所得トシ毎月支給ス
(後略)

1,000円借りても800円しか渡さないというのは小説に出てくる闇金の手口ですがそれはともかく。
この契約では抱え主と「慰安婦」の取り分を例えば5分5分として、その5分の収入から借金を返す(無利子)ということにはならないんですね。2年間での稼ぎ高がいくらであろうが年季が明ければ借金は帳消し、ただし「慰安婦」の手元には稼ぎ高の1割しかわたらない、という契約であるわけです。「年期中仮令病気休養スルトモ年期満了ト同時前借金ハ完済」とかここでは省略しましたが「年期無事満了ノ場合ハ本人稼高ニ応ジ、応分ノ慰労金ヲ支給ス」といった、文言としてはまことに結構な条件が付されており、また戦局が日本にとって順調である時期には抱え主次第でそうした条件にみあう現実もあったのかもしれませんが、それが可能なのも抱え主は金を貸してもうけるつもりではないからです。貧困層出身の若い女性に月利1分で500〜1,000円を貸しても貸し倒れになることは目に見えているわけで、金銭貸借契約としては美味いはなしではありません。あくまで抱え主は、売春によってもうけることを考えているのです。なにしろ稼ぎ高の9割が抱え主のものになるのですから、病気や死亡といったリスクを勘定に入れても十分に元がとれるのでしょう。稼ぎ高を折半して5割を「慰安婦」の取り分とし、その収入から借金を返すのであれば形式的には金銭貸借契約と売春契約とは独立していますが、この契約では2年間確実に売春させるための枷として前借金がビルトインされているわけです。
当時の裁判所に軍の威光に屈さない判断ができたとしてこの契約をどう判断するか……を予測することは私の能力を超えていますが、契約条件の考案者の発想が「借金により、確実に2年間売春をさせようとする」ものであることは明らかでしょう。