「田母神論文」を擁護する人びと

「黙然日記」さんが「田母神論文」についての産経新聞【正論】を2編、紹介されています。手放しの擁護と言ってよいのが小堀桂一郎「空幕長更迭事件と政府の姿勢」。しかしなんですな、あの駄文を指して「これだけ多くの史料を読み、それについての解釈をも練つて、四百字詰め換算で約18枚の論文にまとめ上げられた、その勉強ぶりにはほとほと感嘆するより他のない労作」などと評するのはなかなか容易なことじゃないと思いますが、仮にも学者なら。いったい誰に魂を売ったらこんなことができるようになるんでしょうか。全身の好意を振り絞って好意的に解釈するなら「空幕長といふ激職にありながら」がエクスキューズにはなっているのかもしれません。しかし、「あれが多忙を言い訳にできるような水準のものか?」という根本的な疑問をあえて(そう、断腸の思いで)脇においたとしても、もし田母神元空幕長が言行一致の人間であったとすると、このエクスキューズは成立しそうにないんですね。
「航空自衛隊を元気にする10の提言」

 さらに言えば自衛隊でも上級の指揮官になれば部内の仕事は20%ぐらいにして、自衛隊の外で自衛隊のための仕事をすることに80%以上の努力を費やすべきではないかと思っている。対外的には基地司令とか群司令とかのポストを得ないと、どんなに能力の高い人でも部外では相手にして貰えないことも多い。ポストを得た人はそこのところを十分に理解して部下にはできない仕事に努力を傾注すべきである。それは部隊や部下の努力を広報し、自衛隊を支援してくれる人を増やし、自衛隊に対する国民の理解を深めることにある。手を変え品を変え行われる国家安全保障にとって好ましくない活動に負けない親日活動を行うことは部隊長等の責任と認識すべきである。

元空幕長は雑誌『鵬友』でも一般月刊誌への投稿を勧めていたとのことですから、「激職」の合間に時間を捻出してあれを書いたのではなく、むしろあれを書くのに忙しかったとしてもおかしくないわけです。自分自身の主張に忠実であったとすれば、ですが。私が「小堀桂一郎」という名前を最初に知ったのは、ロッキード裁判に関して信じられないほど意味不明なことを書いていたのを知ったのが最初ですから、どんなことを書こうが驚きはしないのですが。
さてもう一つの、櫻田淳、「空幕長論文の正しさ・つたなさ」の方は、「論文」を公表したということ自体については批判的ではあります。しかしながら、次のように評することにより、「田母神論文」が含んでいる非学問的、非合理的な陰謀論についてはスルーしてしまっています。

しかし、「田母神論稿」では、何故(なぜ)、歴史認識の開陳が行われたのであろうか。こうした歴史認識の開陳は、政治(活動)家や歴史家、あるいは思想家ならば手掛けるかもしれないけれども、航空軍事組織の総帥としての職務とは、全く関係のないものである。

 実際、「田母神論稿」を批判する「進歩・左翼」知識層の所見には、「小学校から歴史を勉強し直せ」というものがあったけれども、この所見それ自体は、自説と認識を異にする意見への偏狭さの趣を漂わせたものであった。

文字通りに「小学校から」勉強し直したって認知の歪みは正せないとはいえ、「田母神論文」には「歴史認識」などと呼ぶに値しない珍説・奇説が含まれていることは別に“「進歩・左翼」知識層”でなくとも、実証性を尊重する人間であれば認めるところです。なんでもかんでも「自説と認識を異にする意見」への寛容さを盾に許容してしまうことは「言論の自由」を守ることではなく、むしろ「言論の自由」の死につながります。


他方、「張作霖爆殺=ソ連の陰謀」説などの荒唐無稽さに触れているのが11月13日号の『週刊新潮』。ただし、批判はすべて秦郁彦氏の口から語らせ、最後に「いやはや、田母神氏が提示した新たな「史実」についてはほとんど全否定の趣なのだが、この論文、いかなる経緯で最優秀と評価されるに至ったのか?」(25頁)と話題を転じており、雑誌として秦氏が提示した通説にコミットする気はなさそう。
他方、記事として明確に賛否を表明している(26頁)のは「論文」中の次の箇所。

もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

え〜その点ですけど、別にサヨクにだって異論はないですよ。「村山談話」とも矛盾しないし。というか、そもそも「日本だけが侵略国家だ」と言われてる、なんて事実はないでしょ? ドイツやイタリアも……というのはまあ揚げ足取りの類いだろうが、欧米「列強」の植民地主義を批判するなんてことはいくらでも行なわれてますよ(さらに言えば、欧米でも徐々にとはいえ過去の植民地主義について「謝罪」する流れが確かなものになってますよ)。むしろサヨクの方がウヨクより熱心じゃないですか? ポストコロニアルスタディーズなんてあんたがたに言わせたらサヨ学者の巣窟じゃないの? 第二次大戦後の冷戦期間にしたって東西両陣営は互いの「侵略」行為を非難しあってきたし、現在だってチベットにおける中国、イラクにおけるアメリカの行為が「侵略」として非難されてるでしょ? 「日本だけが侵略をしたわけではない」なら国内外で広くコンセンサスの得られる、常識に過ぎません。そう思ってるなら、「日本の行為は侵略ではなかった」と強弁する代わりに他国の侵略についてよく研究し、告発すればいいじゃないですか。「日本だけが侵略者ではなかった」では踏みとどまれずに「日本は侵略者ではなかった」としてしまうのは、愛国心が足りないからかな?



なお、審査員の一人中山泰秀・衆議院議員(自民)は「多忙」のため選考は「秘書に任せ」たとのことですが……

「その秘書によれば、内容があまりに過激だというので、最低点をつけた論文があった。フタを開けたらそれが田母神氏のものだったそうですが、他の審査委員が最高点をつけたらしく、結果的に最優秀賞に選ばれたという話でしたね」
(26頁、強調引用者)

という興味深いコメントを寄せています。他の審査委員では報知新聞社長の小松崎和夫氏が、(最優秀賞が空幕長のものだったことについて)「あくまで論文の内容で選んだわけだから、特に問題だとは思いませんでした」と、自らの知的水準について率直な告白をしている(26頁、強調引用者)。他方、「これは政治問題化するだろうと直感しましたよ」といささか無責任な感想を述べているのが花岡信昭氏(同所)。もっともこんなことを書いているくらいだから、「政治問題化」してもかまわないと思っていたのでしょう。他方、「「田母神論文」には、いくつかの歴史の事実関係で異論を持つ向きもある」などと倒錯したことを書いているのは、映画『南京の真実』の賛同人である以上不思議はないでしょう。


以下、花岡氏の「田母神論文は、ひとことで言えば、自虐史観を問うという動機が根底にあると感じたのです」というコメントを皮切りに、擁護モードに突入。元空幕長援護のために動員されたのは元谷外志雄代表、匿名の防衛省関係者以外に田久保忠衛中西輝政佐瀬昌盛(防衛大名誉教授)、本郷美則(朝日OB)の各氏。中西センセは「正しい歴史認識」と持ちあげちゃってますな。