田母神問題、沖縄戦「集団自決」訴訟高裁判決への反応ウォッチング

フェアプレイにはまだ早い、ということで。今回は櫻井よしこ高裁判決をDisるの巻。
http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/11/13/「沖縄集団自決、高裁判決を疑う」/

右の高裁判決に目立つのは深刻な論理矛盾である。裁判所では通じても、世の中に通用しない曲がった理屈である。常識的に考えて納得し難いのは、大阪高裁は、大江氏が断罪した梅澤隊長の集団自決命令は、真実性が証明されていないとしながら、では、一体、何が真実だったのかについて、真実を知る努力を、十分にしていないことだ。

「十分にしていない」というのはまあ主観的な評価の問題なのでいいとしましょう。世の中で通用する「理屈」がすべて裁判所でも通じるべきだとは私は考えない(そんなことになったら大変ですからね)けれども、そこもおきましょう。

阪高裁は判決で「直接的な自決命令は真実性が揺らいだ」と認めながらも、梅澤隊長が繰り返す「自決するでない」と命じたとの右の主張は採用出来ないというのだ。なぜ、採用出来ないのかは明らかではない。さらに控訴審に提出された、梅澤発言を補強する新たな住民の供述も「虚言」だとして切り捨てた。

ひょっとして新聞報道だけを根拠に書いてるんですかね? まあロッキード裁判(丸紅ルート)の際、「物証的と言えば、以前から気になっていたことがあった。というのは5億円のお金のことである。物的証拠中の証拠だと思うのであるが、これが問題にされたことはほとんど聞いたことがない」(『諸君!』、1984年1月号、56ページ)という驚くべき認識のもとに延々と裁判に言いがかりをつけ続けた渡部センセのような立派な前例もあるので、多分そうなのかな、と。判決の230-231ページを読めば「採用出来ない」とした理由はちゃんとまとめられているので、読んでから出直しましょうね。またいわゆる「新証言」、例えば宮平秀幸証言(彼は法廷には立っていないので、狭義の証言ではないけれども)についてはわざわざ「項を改め6項で別に検討」(135ページ)という手間を判決はかけているのである。判決がなぜ、どのように宮平証言を斥けたのか、そこを具体的に検討し反論することなく、ただ原告側の言い分を蒸し返して「不当判決!」と言い立てる……まるっきりロッキード裁判の時と同じ手法だ。あんたこそ判決を批判するための「努力を、十分にしていない」んだよ! 具体的に櫻井よしこのインチキ(ないしはトンチンカン)を指摘しておこう。彼女は宮平秀幸供述に続いて宮城初枝手記に言及し、同手記が梅澤隊長の「今晩は一応お帰りください。お帰りください」という発言を伝えていることを指摘する。そうしておいて「こうした証言に虚心坦懐に耳を傾けることによってのみ、真実は少しずつ明らかになってくる」と主張するのだが、実は裁判所は梅澤隊長が「今晩は一応お帰りください」と言ったことについては認めているのである(このことは裁判所配布の判決要旨を読むだけでもわかる)。認めなかったのは自決という「方針」を否定し「死ぬな」と命じた、ということである。したがって、こんなところで宮城初枝手記に言及してもなんの意味もない、と言わざるを得ない。逆に「死ぬな」と命じたとする主張が斥けられたのはまさにこの宮城初枝手記、および梅澤、宮城両氏の間のやりとりに基づいて、なのである(他にも根拠はあるけど。この部分追記)。

各種証言は「ノー」と告げている。裁判所も「(命令の)有無は断定できない」「真実性の証明はあるとはいえない」、つまり「ない」とした。にも拘らず、大阪高裁は、隊長の命令だったというのは当時の通説だったとして逃げている。通説だから、梅澤隊長らの名誉は毀損されていないという論理だ。

これもインチキ。「真実性の証明はあるとはいえない」、つまり「ない」、じゃないよ。「真実性の証明はあるとはいえない」は「命令はあった」「なかった」双方の主張についてあてはまるというのが裁判所の判断なんだから、「ない」んじゃなくて「有無は断定できない」んだよ。これが刑事裁判で、大江検察官が梅澤・赤松両被告を告発しているという状況なら、「命令があった」に「真実性の証明はあるとはいえない」ことは、実質的に「命令はなかった」ことが明らかになったのと同じ意味をもつ(無罪になる、という意味で)。しかし大江健三郎は検察官ではないし、梅澤・赤松両氏も刑事裁判の被告ではない。また、前回も紹介したように、「通説だから(……)名誉は毀損されていない」などということを裁判所は言ってない。
この点に関連して、この高裁判決が下ったのと同じ日に別の裁判で敗訴した藤岡信勝センセイは次のようにおっしゃっている。

 発刊当時はその記述に真実性が認められ、長年にわたって読み継がれてきた書籍については、新しい資料の出現によりその真実性が覆ったような場合でも、直ちにそれだけで当該記述を改めない限りその書籍の出版を継続することが違法になると解することは相当ではない。判決はこう述べた上で、不法行為の成立が例外的に認められるケースとして(1)新たな資料等により当該記述の内容が真実でないことが明白になり(2)名誉を侵害された者がその後も重大な不利益を受け続けているなどの事情がある場合、という基準を示した。


 これは一見すると妥当な基準のように見えるが、今回の裁判の現実とつきあわせてみるならば、絶対に実現しないことを見越した空論であることがわかる。
(……)
 第2に、判決は『ある神話の背景』の出版を例に元隊長の名誉は回復されたなどとして、本件には(2)の基準も当てはまらないとしている。そうすると、虚偽の記述によって過去に受けた被害、とりわけ「公務員」たる軍人の被害は救済されず、虚偽を明らかにした本が出たときはそれによってすでに重大な被害はなくなっているとみなされてしまうのだから、(2)も被害者にとっては実質的に何の意味も持たなくなる。
(……)
(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/195142/)

判決が指摘していながら藤岡センセイがネグっている事柄こそ、原告支援団の(そう、原告のというより)最大の弱みでしょう。すなわち、過去において岩波書店ないし大江健三郎に訂正等を求める申し入れすらしたことがなく、原告の一人にいたっては提訴後になって初めて『沖縄ノート』を読んだに過ぎない、という事実です。


ところで原告支援団、ないしそれを支持する論者のなかには「敗訴だが訴訟に意味はあった」と主張する者がいる。一般論として「結論は敗訴だが訴訟を起こしたこと自体には意義があった」と言いうる場合はあるだろうし、負けた側の常套句の一つと言ってよいのかもしれない。産経新聞の「主張」が言うように「判決と歴史の真実は別」なのだから。ただ、高裁判決にはそうした主張、特にこの裁判と教科書検定とを結びつけてその意義を説くような主張に釘を刺しているとも読める箇所があるので、紹介しておこう。上述のように、原告ら(故赤松元大尉を含む)が『沖縄ノート』の刊行後なんら申し入れ等を行なっていないことを指摘した(そしてそれらの事実から、『沖縄ノート』の記述が原告にとって「もはや取り立ててとりあげるほどの痛痒をもたらさないものになっていた」ことを認定した)後、判決は次のような至極もっともな疑問を提起している。

エ そうだとすれば、何故に、控訴人らが両名ともに、今、突然本件各記述によってその社会的評価や個人に対する敬愛追慕の情を著しく侵害されていると感ずるようになり、本件提訴にまで及んだのかが問題となる。この点は、いずれも知人から日本史の教科書にまで集団自決が日本軍の命令によると書かれ権威ある書籍にも述べられているなどと教えられたからであるというのであるが、先に具体的に示したような各教科書の記述が、訂正の前後を問わず、控訴人らの名誉や故人への敬愛追慕の情を侵害するものとは到底いえない。そこに記述されているのは、個人の特定を伴わない「評価たる軍命令」であり、個人の人格権の保護を根拠に、またその名の下に、これらの記述の変更を意図し集団自決の歴史を正しく伝えんとすることには、やはり無理があるといわざるを得ない。(…)
(278-279ページ)

前回同様「,」を「、」に改めた他、強調は引用者による。なお判決は、赤松・梅澤両元大尉が「評価たる軍命令」すなわち「日本軍が集団自決に深く関わり住民を集団自決に追い込んだものであってそれを総体としての日本軍の命令と評価する見解」における「命令」までをも否定するつもりはなかったものと思われる、と証拠から判断している。
要するに、岩波書店らへの訴訟をテコに教科書の書き換えを目論んだ勢力が、いざ敗訴したら「判決と歴史の真実は別」などと言い抜けをはかろうとしているわけである。『沖縄ノート』や両元大尉の名はこの訴訟を通じてかえって世間の関心を惹くところとなってしまったわけで、利用されたお年寄り、遺族が気の毒でならない。