『週刊朝日』11月28日号

週刊誌による田母神「論文」の内容についての追及はこれで一巡、といったところでしょう。週刊誌の性格を考えると後は贈収賄事件への発展をにらんだ取材が中心になるのかな、と。新聞及び月刊誌には自衛隊の幹部教育も視野に入れて息の長い問題提起と取材を期待したいところです。とりあえず今朝の朝日新聞には、防衛省統合幕僚学校の講義「歴史観・国家観」に出講した講師名を公表した、という記事が載っています。すでに明らかになっていた福地惇のほか、「ジャーナリストの桜井よしこ氏や作家の井沢元彦氏」ら、「元海将補の坂川隆人氏」の名が挙がっています。集めも集めたり、という感じですな。
今週の『週刊朝日』の新聞広告を見た時から気になってたのは、秦郁彦×田岡俊次の対談で田母神「論文」の陰謀論を「上杉謙信が女だった」という珍説と同じ、とそれなんてエロゲーな例えを口にしたのがどちらか? だったのですが、秦さんの方でした。
この対談は「ワイド特集 田母神論文「採点の裏側」」と題された7本の記事の後に掲載されているのですが、「ワイド特集」の「論文の「原作」はこれだった!? あのタカ派宰相の「持論」」という記事ではかつて岸信介が『大東亜戦争スターリンの謀略』(三田村武夫自由社、87年復刊)の巻末によせた一文との類似性を指摘しているのに対し、秦氏は「僕が調べた限りでは、懸賞論文の審査委員長を務めた評論家の渡部昇一さんの本からの子引きがいちばん多い」と述べています。「ぜひ、彼に審査の実態を聞いてみたい」とも。ついでに、ホドロフスキさんが紹介しておられるように、元谷外志雄代表の文章ともそっくりな件についても聞いてみたいですね。まあいい大人のやることとしては「キモイ」のひとことですね。互いに真似っこしあって「キミ、よく書けとるね」とか誉めあってるわけですよ。彼らの言うところの「愛国」が幼稚なナルシシズムに他ならないことがここに露呈しているのでしょう。
その他、これまでの各種検証記事であまり言及されていなかった点として、“フライングタイガーフォースが真珠湾攻撃の1ヶ月半も前から日本に対する隠密攻撃を加えていた”というのも「あり得ない」と一刀両断(秦)。大戦後「アジア、アフリカ諸国」が解放されたという主張については、日本はアフリカに行っていないのだから、英仏を弱らせたナチスの功績が大きいということになってしまう(田岡)、とも指摘されています。


さて、「ワイド特集」では12月8日に予定されていた記念パーティーの「発起人」リストもとりあげられています。ただ、そもそもこの「発起人」の依頼状は「ご連絡いただかなかった場合には、発起人記名へご賛同頂いたものとさせて頂きたく、何卒ご理解の程お願い申し上げます」と書かれたとんでもないシロモノとのことで、リストに名前があったからといってその人物が田母神「論文」やそれが記す陰謀論自虐史観(なんせ日本は騙されてばっかりのバカだったそうですから)に好意的であるとは限らない、ということになります。リストに名前のあった人物に対する週刊朝日の取材でも、その内容についてはっきりと否定的なコメントをしている人びとがいます。

  • 浅尾慶一郎参院議員、民主):「自衛隊の中の主流な歴史認識と、一般の人の歴史認識との乖離」「やはり偏った教育だけではダメ」
  • 小川和久(軍事アナリスト):「僕は、田母神氏の論文を全否定している」「「アップルタウン」の対談に一度呼んでもらった時、元谷さんの言い分を「あんたのは謀略史観だ」って相当ケチョンケチョンに言うと、嫌な顔をしていました」
  • 平沢勝栄衆院議員、自民):「論文は都合の良い所をピックアップしているだけのお粗末な内容」「選考過程も不透明でインチキ」
  • 山本一太参院議員、自民):「元谷さんは思想的に偏った人」「論文の内容については「まったくバカだ」「侵略された側から見れば侵略だ」」(秘書を介したコメント)

ほかには仕事上、地元での付き合いを強調する人が多いのですが、元谷氏への思想的な共鳴を認める人もいます。

そして他の誰よりも堂々と田母神擁護の論陣をはっているのがデヴィ・スカルノ氏であります。これについてはご自身がブログで見解を発表しておられるのでそちらを参照した方がよいでしょう。ただし、このエントリへのブクマコメントを読めば気づくように、現在閲覧可能なものは実は大変重大な改変をされた後のものです。

その戦略に基づいて日本を抑え込むために、
中国・イギリス・オランダと協同し、
石油やゴム、鉄鉱の輸出を禁止し、
あらゆる資源の貿易を取り止めるという
経済封鎖を行なったのです。
これがいわゆるABCD包囲網というものです。
(Aアメリカ、Bブリティン、Cカナダ、Dオランダ)。

18日21時12分時点での魚拓では次のようになってます。

その戦略に基づいて日本を抑え込むために、
中国・イギリス・オランダと協同し、
石油やゴム、鉄鉱の輸出を禁止し、
あらゆる資源の貿易を取り止めるという
経済封鎖を行なったのです。
これがいわゆるABCD包囲網というものです。
(Aアメリカ、Bブリティン、Cカナダ、Dドイツ)。

ド、ドイツ? 「Cカナダ」が直ってないのがご愛嬌ですが、まあ田母神論文を支持する人間の歴史認識がどのようなものか、を満天下に示した意義は大きいと思います。4カ国を正しく認識している場合でさえ、ABCD包囲網というのは歴史記述というよりプロパガンダにふさわしい用語です。英米はともかくとして、現に全面戦争を戦っている相手である中国、本国は前年にドイツに降伏していて蘭印へも日本の軍事的な圧力を受けていたオランダが入ってるわけですから。まして「ドイツ」が出てくるなんてのは、この当時の世界状勢がまるでわかってないとしか言いようがない。
(追記:「中国・イギリス・オランダと協同し」と書いていながらCをカナダと、Dをドイツと間違えてしまうのは不可解だと思っていたのですが、理由がわかりました。これから当分、田母神「論文」*1やその賛同者の歴史観をコピペ史観と呼ぶことにしたいと思います。コピペを鵜呑みにしているだけで自分の頭で考えてないから、元ネタには解説がなかったアルファベットについてトンチンカンな補足を書いてしまったわけですね。)



なお「発起人」リストに名前があって『週刊朝日』が取材した人びとのうち、渡部昇一審査委員長は「この件についてはお答えできない」とのお返事でした。

*1:古いはなしですが審査委員長にもコピペ疑惑がありますしね。