他人の主張を「嘘」「デマ」と言って回ってる人間がなに泣きごと言ってんの?(追記あり)
「ここまでひどいことを言われたのははじめて」なんだそうで。あと「戦慄」しちゃってる人もいますな。「ホロコースト」には「恐怖」を覚えるのに「ポル・ポト」には覚えない、という人がいましたが。悪いですね、もっとひどいこと言われ慣れてるもんで。ところで他人の主張を「嘘」「デマ」と断定することはその人物を「嘘つき」「デマゴーグ」と呼ぶことと同義だ、ってことはちゃんと自覚してますよね? きっと「嘘を嘘と言ってなにが悪い?」という反論が来るだろうから、こちらも「軍オタの毒が回ってる」と言わざるを得ない理由を明らかにしておきましょう。
あんまり細かいことを追求するまでもないので、重要な2、3点に絞って書いておきましょう。
まず、白燐弾の使用についての国際赤十字の見解が明らかになりました。すでにご存知の方も多いでしょうが。
http://www.icrc.org/web/eng/siteeng0.nsf/html/weapons-interview-170109
The use of weapons containing white phosphorous is, like the use of any other weapon, regulated by the basic rules of international humanitarian law. These require parties to a conflict to discriminate between military objectives on the one hand and civilians and civilian objects on the other. The law also requires that they take all feasible precautions to prevent harm to civilians and civilian objects that can result from military operations. Attacks which cause "disproportionate" damage to civilians and to civilian objects are prohibited.
Using white phosphorous as an incendiary weapon, i.e. to set fire to military targets, is subject to further restrictions. The use of such white phosphorous weapons against any military objective within concentrations of civilians is prohibited unless the military objective is clearly separated from the civilians. The use of air-dropped incendiary weapons against military objectives within a concentration of civilians is simply prohibited. These prohibitions are contained in Protocol III of the Convention on Certain Conventional Weapons.
本来前半の視点も非常に重要なのですが、ここで直接関係するのは2つ目の段落です(強調は引用者)。CCW議定書III第2条3項と2項に反する白燐弾の使用は国際法違反であるという立場が明確にとられています(第1項に触れていないのは、1項に反するような使用法は兵器の種類を問わずすでに別の国際法に反しているため、白燐弾の使用を問題にする必要がないからであろうと思います)。
問題は、このような赤十字の見解は、上でインタビューを受けている Peter Herby 氏の発言を引用した1月13日付けのAP発報道からも十分予測可能だった、ということです。
http://news.yahoo.com/s/ap/20090113/ap_on_re_eu/eu_red_cross_white_phosphorus
"In some of the strikes in Gaza it's pretty clear that phosphorus was used," Herby told The Associated Press. "But it's not very unusual to use phosphorus to create smoke or illuminate a target. We have no evidence to suggest it's being used in any other way."
(......)
Herby said that using phosphorus to illuminate a target or create smoke is legitimate under international law, and that there was no evidence the Jewish state was intentionally using phosphorus in a questionable way, such as burning down buildings or consciously putting civilians at risk
However, Herby said evidence is still limited because of the difficulties of gaining access to Gaza, where Palestinian health officials say more than 900 people have been killed and 4,250 wounded since Israel launched its offensive late last month. Israel says the operation aims to halt years of Palestinian rocket attacks over the border.
(焼夷兵器かどうかに関係なく違法となる文民への攻撃に使われるケースを除いて)白燐弾の使用は合法である、とハーベイ氏が考えているのなら「証拠」を云々する必要はありません(あるいは文民を攻撃したという証拠、だけが問題になるでしょう)。証拠がないので違法とは言えない not illegal、というのは「合法である」という積極的な主張とは異なります。したがってこのAPの記事からハーベイ氏が「やはりCCWの焼夷兵器制限条約では、イスラエル軍の使用しているM825A1白燐煙幕弾が、焼夷兵器の定義の時点で除外されている事を十分に良く理解している」などと言ってしまうのは贔屓のひきたおしというか、ハーベイ氏にとって迷惑な話です。id:welser氏は私がこの点を指摘すると、「記事の見出しをもってnot illegalを合法と煽動的に訳したところで明確なうそではない」と開き直りました。他人の「デマ」を追及していると称する人間が「扇動的」な表現を許容するというのも奇妙なはなしですが、肝心なのは単なる訳語の問題ではなく*1、「証拠がないから違法とは言えない」と「違法ではない(合法である)」とは法的判断としてまったく異なる、ということです。民間企業に勤める人間が取引先から金品をもらっても「収賄罪」に関する限りは「違法」ではありません。その場合、何を、どのような経緯でもらい、その見返りになにをしたのか…といったことについての「証拠」を集めるまでもないのです。しかし業務上横領とか背任の容疑については「証拠」が問題になります。ハーベイ氏の立場は、白燐弾が「公務員でないものは収賄罪に問われることはない」という意味で議定書IIIに反しない、というものではないのです。
なお余談ですが、収賄罪の条文は「公務員が」とか「公務員になろうとする者」とか「公務員であった者」となっていますが、実際には「みなし公務員」というのがありますので、刑法第197条を「字義通りに解釈した」だけではダメなんですね。
以前にとりあげた Times紙の報道もその一例ということになりますが、ようするに海外のメディアや国際的な人権団体もイスラエル軍による白燐弾の使用が「違法」であると解釈する余地がある、という認識に立っているのであり、「白燐弾違法説がまかり通るのは日本のサヨクの間だけ」などという主張の方が「デマ」というべきです。違法か合法か議論の余地がある、という場合には「違法である」という主張は「違法である、と解釈すべきだ」を意味し、「合法である」は「合法である、と解釈すべきだ」を意味します。このような主張については「妥当である」「妥当でない」「説得力がある」「説得力がない」という評価は下せても、「ウソである」という評価は下せません。「違法(合法)である、と解釈すべきだ」という主張は事実についての言明ではないからです。他方、海外では「白燐弾=合法」が常識、という主張は少なくともミスリーディングであり、嘘といっても差し支えないものです。
さて、これもすでに(当ブログのコメント欄を含めて)幾人かの人が指摘していることですが、「違法である、という主張が(非人道的な)白燐弾の規制にとって妨げである」というのはなんの根拠もない、為にする議論に過ぎません。
wiseler 2009/01/21 15:48
# PlegeCrewさん
白燐弾がジュネーブ条約で禁止されていて、使用が違法だという嘘です。白燐弾が違法だからどうこうとか言っている人のせいでいつまでたっても規制が進まないんじゃないですかね? はじめから白燐弾を使うのはやめようと言えばいい話じゃないですか。
(http://d.hatena.ne.jp/PledgeCrew/20090120#c)
違法である(と解釈すべきだ)、という主張が求めているのは questionable な白燐弾の使用をやめさせること、そしてできれば使用を命じた人間を処罰すること*2ですが、別に、議定書IIIを改訂して白燐弾を規制対象に含むことが誰の目にも明らかになることについて、反対はしないでしょう(ただし後述の議論を参照)。
ただ、「違法である」と解釈する場合と、「合法である」と解釈して法改正を目指す場合とではいくつか重要な違いが生じます。そしてこの論点こそ、wiseler 氏が自分の主張の法的な側面について真面目に考えていないのではないか? と私が考えた理由にかかわっています。
Apeman 2009/01/19 10:30
ほかの場所でのことをひきあいに出して恐縮ですが、wiselerさんは
http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090115/p1#c
で
>そのような飛躍的な解釈を軍事に関わる法律にしてしまうと、それを逆手にとって禁止項目を破る輩がでてきてしまうので、法律には直接的に書いてあるのです。
と書いておられます。「飛躍的」かどうかをさしあたり脇においたとして、「逆手にとって禁止項目を破る輩」とは具体的にどのようなケースを想定できるのか、とお尋ねしたのですが、お目にとまらなかったようです。これは法解釈の根拠に関わる問題なので、改めてお尋ねします。
(http://d.hatena.ne.jp/wiseler/20090114#c1232509801)
「飛躍的な解釈」というのは wiseler氏の憎悪が込められた表現ですが、一般的に法の拡張解釈(緩やかな解釈)を危惧する議論というのは確かに存在します。だからこのような質問をしたわけです。これに対する返答は次のようなものでした。
質問の答えになるかどうか分かりませんが、「具体的」には想定できません。そもそもこの法律がそのように規定されているのに、いくら似た様な事例を持ち出してもそれは現実とは関係ない話になってしまいますから。まあ例えば、定義にある
(ii) 貫通、爆風又は破片による効果と付加的な焼夷効果とが複合するように設計された弾薬類。例えば、徹甲弾、破片弾、炸薬爆弾{炸=さくとルビ}その他これらと同様の複合的効果を有する弾薬類であって、焼夷効果により人に火傷を負わせることを特に目的としておらず、装甲車両、航空機、構築物その他の施設のような軍事目的に対して使用されるもの
という文言を利用して、軍事目的にたいして使用できる殺傷兵器を開発すればまた別のタイプの焼夷弾が作成できるように思えます。現実には出来ません。
もちろんApemanさんの様なお考えは至極当然ですし、私も直接的だから良いなどとは考えていません。
(同上)
具体的には危険性は想定できないんだそうです! 人権擁護法案とか国籍法とか共謀罪とかネットでも話題になった法律論議はいくつかありますが、「人権擁護法は拡大解釈されて濫用されるおそれがあるから、反対!」と主張するひとに「濫用って、具体的にはどういうケースなの?」と尋ねて「いやわかんね」という答えが返ってきたら、もうそれ以上その人物と議論する必要はなくなってしまいます。
しかも「まあ例えば」というエクスキューズつきで想定された事態というのは、どう考えても「法を緩やかに解釈した場合の弊害」じゃないんですな! 議定書IIIの「第一義的な目的」とか「付随的」といった文言を緩やかに解した場合、起こりうるのは「本来規制すべきでない使用法まで規制されてしまうこと」です(その結果、煙幕を使えなかった部隊が被害を増やす、といった帰結も伴うでしょう)。wiseler氏が多少なりとも真面目に法解釈の問題を考えていたなら、後者のような方向性で弊害を考えるべきだったのです。逆に「第一義的な目的」とか「付随的」を厳格に解した方が、「また別のタイプの焼夷弾が作成できる」ような事態が起こりうるのです。法を緩やかに解釈することには濫用のおそれがある、法を厳格に解釈することには取り締まられるべきことを取り逃がしてしまうおそれがある……これってきわめて常識的なはなしだと思うんですけどね。
先ほど「違法だ」と主張する者も白燐弾を明示的に禁じることに反対はしないだろう、と書きました。しかしこの論点に鑑みると別の見方もできます。議定書IIIを厳格に解釈することの弊害は“その後その厳格な解釈がスタンダードとなり、抜け道がいっぱいできてしまう”ことのほかに、すでに起きている白燐弾の使用を告発できなくなる、というものがあります。議定書IIIを改訂すれば、数年後には白燐弾の使用を自信満々に規制できるかもしれません。しかしイスラエルによる年末来の、あるいは現在の停戦が破れた場合の白燐弾の使用は制限できなくなってしまうわけです。もちろん、上述したように、法を緩やかに解釈することには一般論として弊害もあります。しかし、ではこの場合、白燐弾によって死傷した人々の人命や健康にみあうだけの具体的な利益が、厳格な解釈にあるのでしょうか? その利益を明示できないならば、厳格な解釈は為にするものとしかならないでしょう。
実際、議定書IIIを厳格に解することは理論的には誰にとっても平等な選択ですが、現実には強大な軍事力、武器開発力をもつ側が一方的に有利になります。だからこそ「法改正して明示的に禁止」よりも「現状で禁止されていると解釈」という選択肢を人権団体などは好むのです(もちろん、ハマスの潜在的な軍事力をあまりに過少評価してしまうことも、この問題についての認知を歪めるでしょうが、ここではとりあえずおいておきます)。なぜ厳格な解釈をとるべきなのかについてまともな理由をなに一つ挙げることができず、立法趣旨などまったく顧みることなく、自分の主張の政治的含意も十分自覚しないまま、しかも「目的」という志向的存在者について「設計をみればいい」「実物をもって判断できる」とすっごくナイーブなことを言っているようでは、ねぇ……。
追記
一番問題なのは、なんのために法を論じるのか? という視点が欠如していること、そしてその欠如こそが「中立」性だと勘違いしていることじゃないでしょうか。法律家がそういう議論をすれば「法匪」とのそしりを免れないでしょう。法を論じることはすなわち誰かの利益を守ること、ですから。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20090122/p1#c1232682637
と書いておいたら
だから私はイスラエルによる白燐弾の使用についてははじめから何も言っていません。
(http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20090123/p1#c1232683398)
だってさ! ずばり的中だ。ほかの点はまた後ほど。