「洗脳」について
三光作戦については撫順戦犯管理所の元収容者たちによる証言がよく知られており、またそうした証言者たちは「洗脳」されたのだとする右派のキャンペーンがあることもよく知られている。元収容者たちの供述調書は『日本軍の治安戦』でも資料として利用されているが、「虚偽自白」の問題に関心をもつものとして、この点について少し述べておきたい。結論を先にまとめておくと、(1)収容者(戦犯容疑者)たちが自白に至るまでの過程を「洗脳」と呼ぶことは、この語に右派がこめている悪意を排除するという条件付きで可能である、(2)しかしそのことは彼らの自白の信用性を否定するものではない、(3)日本の警察・検察における取調べもまた多分に「洗脳」的性格を持っている、となる。
ある場合にひとは自白し、またある場合には自白を拒む。自白をするかどうかを左右するのは「否認へと向かう力動」「自白へと向かう力動」(浜田寿美男、『自白の研究』)という二つの心的力動である。浜田寿美男氏は前者を(1)取調べへの反発、(2)予想される刑罰(への恐れ)、(3)羞恥や地位喪失(への恐れ)、後者を(4)自白から得る利得、(5)自白衝動(悔悟)、(6)弁明不能感、(7)取調べの圧力、と分類している(「弁明不能感」とは、弁明を理詰めで論破されたり頭からはねつけられるなどで、それ以上の否認への意欲を失うことを指す)。取調べの技術とは要するに、「否認へと向かう力動」のはたらきを弱め、「自白へと向かう力動」のそれを強化すること、ということになる。
取調べが被疑者の心的力動へのはたらきかけである以上、その技術は当然「洗脳」ないしそれに類似したものになりうる。浜田氏は『自白の研究』(北大路書房)の第4章第3節でチェコにおける粛正裁判を取り上げ「洗脳的取調べ」の特徴を分析したうえで、日本の刑事司法における取調べが「洗脳的取調べ」と(もちろん多くの差異はあるものの)共通する構造を持っていることを指摘している(第5章)。撫順戦犯管理所の収容者たちの「被疑者」としての顕著な特徴は、彼ら自身も当時を振り返って認めている通り、当初(5)自白衝動(悔悟)という心的力動をほとんど持っていなかったか、あるいはその力が非常に弱かった、ということである。通常の被疑者の場合、自白衝動(悔悟)それ自体は当初からはたらいており、「否認へと向かう力動」と対抗している。しかし元収容者たちの場合には過去の体験の意味付けを変えることで新たに自白衝動(悔悟)を持つことを要求されたわけである。これは人格の大きな変化(「犯罪など犯したことのない私」から「重大な犯罪を犯した私」へ)を伴わずには不可能なことであり、そうした過程を「洗脳」と呼ぶことはそれほど事態から乖離したこととは言えないだろう*1。
もちろん、当事者にとって「認罪教育」を「洗脳」呼ばわりされることが屈辱的であることは理解できるし、事実後述するような重大な相違はある。しかし、例えば拷問などなく人道的に処遇された、だから「洗脳」などではない……というのは「取調べ」についての認識としてはやはり浅薄と言わざるを得ない。撫順戦犯管理所での取組みに好意的な文献、最近であれば先日取り上げた『中国侵略の証言者たち』(岩波新書)にしたがって「認罪教育」の過程を振り返ったとしても、そこには虚偽自白を生み出す原因にもなる「圧力」としての要素があることは否めない。例えば「人道的に処遇」されることは上記(1)取調べへの反発という力動を弱める。また繰り返し伝えられたという「真面目に認罪、反省の道を進んでこそ中国人民の寛大な処遇を勝ち取ることができる」という方針(『中国侵略の証言者たち』、169ページ)は(4)自白から得る利得という力動を強める。不完全な供述書はただ突き返し書き直させる……という手法も長期の拘禁状態の下では(6)弁明不能感、(7)取調べの圧力という力動を働かせうる。これらはすべて真実の自白を導く圧力ともなりうるが、虚偽自白を導く圧力ともなりうるものである。「認罪教育」には「洗脳」とも共通する側面があったことは率直に認めるべきではないだろうか。それを認めたからといって、直ちに「認罪教育」の手法が不当だということにもならないからである。日本の刑事司法における取調べだって多分に「洗脳」的である。代用監獄の廃止も取調べの可視化も実現できていない日本社会に「認罪教育」の手法を批判する資格があるとはとても思えない。以前に「本館」の方で紹介した、仁保事件の取調べの一部を改めて引用しておく(『自白の心理学』123-124ページ、強調は引用者。また「岡部」は被疑者の男性、「A」「B」はそれぞれ取調官)。
B うん、のー、(岡部の鼻をすする音)もうね無我の境になっちょるんだから、の、いろいろな邪念がかかっていないんでね、のう、まあ一服吸うてそれからお話しようで、のーや(二〇秒沈黙、岡部鼻すすり、ため息)。
A やっぱり子どもがじゃね、親にすがりつくだ、あの気持ちになってね、わしも君がいよいよ真から言うたさっきのことはな、ね、わしもいよいよほんと心のうちでは泣くような、なんじゃ、心になるで、ほんとに、それほどになるで、本気になってくれたかと思うとの、事実を話してくれるかと思うとね、そねいになってくるんで、わしも。の、何がお前なんじゃろうが、お医者さんでも、重症患者、この世で死にゃあええちゅうなこと思う者は一つもないで、ね、そうじゃろ。うん(岡部鼻すすり)、それからなんだろうが、わしらだってじゃ、ね、悪いからちゅうて、そういう人間悪いからちゅうて、こげんな外道、殺しちゃろうちゅうような、こんな、捕らえてじゃね、刑務所へ入れたろういうような気持ちは一つもないんで。うん、わしゃいつでもそれを言う、どういう、いかなるその極悪非道な人でも、ええ、人間の真のその何を聞いたら、ね、みなその善人にたちかえってくる。良心ちゅうものがあるんだからね(岡部鼻すすり)。
B もう落ちついたか、うん? のー、ちょっと話そうで、の、話してしまおうでのー、そしたら楽になる。
A じいっと落ち着いてね、腹に力を入れてど、の、腹に力を入れて力が入らんにゃ、これ腰に手をもってってじゃね、そしてはなしをしてごらん。(岡部鼻すすり)ずーっと精神統一をやってやると、ずーっと話ができる。僕らは、あのこの前もちょっと君と話したようにね、座禅をする。実際のところがそうまでして僕は修養する。現在においてもまだ僕は修養が足らないと思うとる、ね。人間には完成というものはないんだ、ね。どこまでいったからいうて完成はない。
A・B 未完成だから、な。
B それをじゃね、人からね、いろいろ教わり、人から聞いてみな完成に近い人間になってくる。完成しつつある人間ができてくる。ね、そいじゃからね、岡部君のつらい気持ちはようわかるけど、これを出さにゃどうにもならんのじゃからね。君はいま言う腹になっとんだから、お話する気持ちになっとる。美しい気持ちになっちょる。ね、ほいじゃからなんで、お話してまおうで、のう、うん?
こういう取調べが延々続いたのである。
しかしながら、「中帰連のメンバーは洗脳されているのでその証言は信用できない」という主張についてはまた別である。『自白の研究』ではロバート・リフトンの著作を援用して中国による洗脳(思想改造)についても言及しているのだが、そこでは「洗脳が長期に持続する効果をもったケースはほとんどないという」(194ページ)とも指摘されている。洗脳には人格に強い圧力をかけるための環境コントロールが不可欠だが、そうした環境から解放され日常に戻れば「改造された人格」はたちまち揺らぎ始めるからだ。元収容者たちが帰国してから半世紀もの時間が経っている。仮に中帰連のような組織が一種の同調圧力により「改造された人格」を維持させることに寄与しえたと考えたとしても、彼らの日常は逆に戦争犯罪の証言の撤回を歓迎する保守的な日本社会の中で営まれていたのである。彼らの自白が虚偽自白であったとしたら、自由を回復して後半世紀もの間それを維持し続けるなどということは心理学的にほとんど考えがたいことである。それがほんの数人のことであればありそうもないことを可能にするイディオシンクラティックな事情の存在を疑うこともできようが、事実はそうではない。とすれば、彼らの自白はその細部――加害の規模や個々の事件での自分自身の関与の度合いなど――はともかくとして大筋としては事実に合致したものと考えるべきである。事実に即した自白が導かれている点が典型的な「洗脳(的取調べ)」とは決定的に異なる点であり、だからこそ半世紀にもわたって自白が揺るがないのである。
別に左派の研究者でなくとも、華北の日本軍の戦争犯罪についての元収容者たちの証言が事実無根のものでないことは認めていることも指摘しておこう。ちくま新書の『BC級戦犯』の著者田中宏巳氏は同書執筆当時防衛大の教授であったが、共産中国による戦犯裁判について「おそらく他の七カ国の中で最も厳格な証拠調べが行われ、完璧な論理の下に判決が下された裁判といえるであろう」と評している(159-160ページ)。また、元防衛大講師(現日文研教授)の戸部良一氏と「日中歴史共同研究」のメンバーである波多野澄雄氏が共編している『日中戦争の国際共同研究 2 日中戦争の軍事的展開』(慶応義塾大学出版会)に収録された山本昌弘氏の論文、「華北の対ゲリラ戦、1939-1945」でも「戦争期間を通じて日本軍は「殺光」と呼ぶに相応しい行為を折に触れてなしていたことは否定し難いであろう」(210ページ)、「その「三光作戦」が住民を脅し、住民から奪い、そして時には住民を殺す残虐なものであったことは疑いない」(212ページ)としている。
さて、上では細部はともかく大筋としては、と述べた。では細部についてはどうか? 『日本軍の治安戦』で笠原氏もある供述書について「日毎の行為が殺害人数や略奪した家畜の頭数などあまりに細かく書かれているのは、逆に気になるところである」(160ページ)としているように、自白の細部については直ちに事実として受け入れることは困難である。笠原氏はその供述書の主が戦闘詳報の記録を職務とする大隊副官であることを指摘し詳細な記憶があった可能性も示唆しているが、書きぶりからしてそれが決定的な説明になるとはやはり思っておられないようである。『中国侵略の証言者たち』によれば収容者同士で記憶をつきあわせたり、後には中国側の調査との突き合わせも行われたようである。こうした作業は正しい供述を引き出すこともあるが、相互に誘導しあって事実と異なる記憶を喚起してしまったり、誤った捜査結果にあわせた供述を導くこともあり得る。したがって供述の細部については直ちに事実と断じることなく評価することが必要だろう。