「一種の徒弟修行」という詭弁について

davs さんの次のご指摘は、単なる「池田信夫批判」以上の射程を持っていますね。

 池田氏は何の根拠も示さすに、
 従軍慰安婦年季奉公=一種の徒弟修行
という結論を滑り込ませている。池田氏は、従軍慰安婦になることで、将来の職業生活に役立つ何かが身に付くと言っているのか。だとすれば、自分の正気を疑ったほうがいい。

右派はよく「強制というなら徴兵制も同じ」だの「生きる為に働かなきゃならないのは誰でも同じ」だのと言って「慰安所」制度に対する日本軍・日本政府の責任を否認します。この論法は複数の詭弁を組み合わせたものですが、その一つが上で davs さんが指摘されているものです*1。その後のライフチャンスの拡大につながる「強制」とそうでないものとをいっしょくたにはできません。
逆に言えば、このような観点から、現代の労働市場において見られる幾つかの現象について日本軍「慰安婦」制度との共通点を指摘することもできます。外国人実習生制度において建前として習得することになっている「技能」が、およそ帰国後に元実習生の生活を豊かにするのに貢献するとは思えないケース*2があったりします。もともとは専門性の高い職種に限られていたはずの「派遣」がなし崩しに広がっていることについても同様です。日本軍「慰安婦」問題についての池田信夫氏の主張は、労働市場に関する彼の主張とセットで理解すべきでしょう。

*1:他には、明らかに大きな「程度の差」がある二つの事象を(程度の差に過ぎないとして)同列に並べる詭弁など。

*2:海のない四川省から来た実習生に、ひたすらほたての殻剥きをさせた、など。http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK23018_T20C14A7000000/