「強制されたというなら兵隊さんも同じ」論の誤り

相変わらず「吉田証言」の一点突破全面展開的発想で大阪市長が愚行を繰り広げている今日このごろですが、「強制連行」を巡ってはもう一つ「強制されたというなら兵隊さんや従軍看護婦だって同じだ」という否定論があります。軍がつくった「慰安所」の規定で外出や廃業が「許可制」になっていることは否定し難いので、「兵隊や従軍看護婦だって自由にやめたりできない」というわけですね。
この論法が誤っているのは、「正当な根拠を持つ強制とそうでない強制」という当たり前の区別を無視しているからです。大日本帝国では兵役には憲法上の根拠があり、さらに兵役法という法的な根拠がありました。従軍看護婦についても、日赤の看護婦養成規則に有事の際の従軍の義務が規定されています。
これに対して、いかに大日本帝国といえども国家が帝国臣民(あるいは占領地の住民)に性労働を課す根拠となるような法などありません。改正野戦酒保規程は「慰安所」設置の法的根拠とはなりましたが、軍従属者である「慰安婦」に性労働を強いる根拠となるような法はありません。彼女たちを縛っていたのは事実上の奴隷契約である「慰安所」業者との契約か、そうでなければむき出しの暴力だったわけです。こんなものを兵役と同列に並べることができるわけはありません。

NHKの忖度

国連の拷問禁止委員会が2015年末の日韓「合意」について、内容が不十分だとして韓国政府に対し見直しを「勧告」した件。読売新聞や産経新聞も「見直し」を「勧告」したという見出しで報じています。

ところが、NHK NEWS WEB の見出しは「国連の委員会 慰安婦問題の日韓合意評価も懸念」となっており、読売や産経の見出しにない「評価」を加えた上で「見直し」「勧告」には言及していません。もちろん、記事本文には「韓国政府に対し国際条約にのっとった改善を合意に反映させるべきだと勧告しました」とあるものの、見出しというのは「クリックして中身を読むかどうか」の判断材料になるものです。いわば記事の看板です。拷問禁止委の勧告のインパクトを薄めたいという意図を感じずにはおれません。

『私は貝になりたい』を反米プロパガンダのファンタジーと断罪する者だけが『鬼郷』に石を投げよ

日本では商業ベースでの上映などおよそ実現しそうにない映画『鬼郷』に対して歴史修正主義者が難癖をつけていることについては、すでに法華狼さんが紹介しておられる。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20160216/1455694424
産経新聞はというと、予想を裏切らないコラムが掲載されている。
http://www.sankei.com/column/news/160305/clm1603050005-n1.html
この映画が元「慰安婦」被害者カン・イルチュルさんの証言をもとにしつつも劇映画としての脚色を加えられたものであることは、制作者の発言やこの映画のジャンル分類(「ドキュメンタリー」映画であるとはされていない)などからも明らかである。したがって、この映画が「全ての慰安婦がこのような目にあった、主張している!」などと言う人間がいるとすれば、それはその者の映画リテラシーの欠如を現しているに過ぎない。
そもそも劇映画が“典型的な状況”だけを描かねばならないとする理由などないわけだが、日本において高評価を受けてきた戦争関連映画にも“きわめて偏った”ものがあることも指摘しておきたい。タイトルに挙げた『私は貝になりたい』である。
この映画が“ゴボウを捕虜に食べさせたせいで死刑になった日本兵がいる”というデマの起源(の一つ)となり、さらには「裁判記録を読んだ」などと嘘をつくデマゴーグまで生み出したことは、このブログでも過去に指摘しておいた。主人公の元二等兵は死刑になるわけだが、実際のBC級戦犯裁判では死刑を執行された二等兵はおらず、一等兵は2人だけ、上等兵および兵長(これらの階級は“ただ招集されただけ”の者としては軍隊の中で“うまくやってきた”ことを意味する)があわせて23人にすぎない。軍隊というのが階級が上がるほど人数の減るピラミッド状の組織であることを考えれば、BC級戦犯裁判で将校でも下士官でもない兵士が死刑になる、というのは非典型的もいいところなケースだということがわかる。これに比べれば、『鬼郷』で描かれたような「慰安婦」の状況が非典型的であるという主張の方が、遥かに具体的根拠がない、ただの願望に引きづられたものであることは明らかだろう。


では現実にはない設定を持ち込んだ『私は貝になりたい』はただの反米プロパガンダ映画として斥けられるべきなのだろうか? もちろんそんなことはないし、現に日本ではそのような評価は受けてこなかった。というのも、「二等兵」という地位は“命令に従った結果として過酷な目に遭う”という普遍性をもつモチーフを表現するうえで、非常にわかりやすい設定だからだ。
もちろん私なら、こういう批判はする。二等兵よりも軍隊内ハイアラーキーの下位にあり、かつ現実に刑死者を出した軍属(捕虜監視員が多かった)、特に植民地出身者を主人公にすることができなかったのはなぜか? と。

いったいどんな「事実」?

日本政府が国連女性差別撤廃委員会の対日審査の場で「強制連行」を否定するらしい、という報道に対して2月1日に記事を書いたわけですが、報道通りに2007年のインチキ閣議決定を盾に「強制連行」を否定した外務省の杉山審議官は「なお、「性奴隷」といった表現は事実に反します」とも発言したとのこと。「事実に反します」! それ、いったいどんな「事実」なんでしょう? 野党にはぜひ追及してもらいたいものです。

日韓「合意」連続シンポジウム

東京なので私は参加できませんが。
http://fightforjustice.info/?p=4161

  • 日韓「合意」と日本の「慰安婦」問題認識――忘却のための「解決」は許されない

日時:2016年2月27日(土)13:30〜17:15(開場=13:00)
会場:韓国YMCA地下ホール・スペースY
参加費:一般1000円、非正規・学生500円
共催:日韓「合意」と日本の「慰安婦」問題認識シンポジウム実行委員会、日本軍「慰安婦」問題web サイト制作委員会

  • 慰安婦」問題と現代韓国 ――日韓「合意」の何が問題か

日時:2016年3月19日(土)12:30〜15:45(開場=12:00)
会場:中央大学駿河台記念館281教室
参加費:一般1000円、非正規・学生500円
主催:日本軍「慰安婦」問題web サイト制作委員会


また最初のシンポジウムの開催日と同じ2月27日には世織書房から Fight For Justice のムック『〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』が刊行されるとのこと。
http://fightforjustice.info/?p=4232

2007年の「閣議決定」について

安倍首相がことあるごとに自らの大手柄のように吹聴する07年の「閣議決定」(=辻元清美議員の質問主意書に対する答弁書)ですが、その欺瞞については以下のエントリをご参照ください。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20150806/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20140409/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130511/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20131104/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20131105/p1
こんなものを引っさげて日本政府は国連でなにをしようとするのか……

恥辱だらけの「戦後70年」

空疎な「戦後70年安倍談話」、世界文化遺産ユネスコ記憶遺産をめぐる醜態、地方自治体レベルでは強制連行被害者追悼碑などに対する反動的な企て……といかにも安倍内閣を選んだ日本社会に“ふさわしい”戦後70年目の一年は、まるでダメ押しのような恥ずべき知らせによって締めくくられることとなりました。実に“念入りに仕上げられた”戦後70年であったと言わざるを得ません。このような事態にきちんと抗えなかった我が身の無力さを恥じるばかりです。