追記
犠牲者数推定の確実さについてグラデーションがあることについて論じたが、同じことは違法性ないし残虐性についても言える。「どうにも弁解の余地なく違法<大方の一致するところ違法<違法の疑いが極めて濃い<違法の疑いなしとしない<違法だとする者もなくはない<どう考えても合法」、といった具合に。違法性の問題を特にややこしくしているのが宣戦布告のない事実上の戦争だったことであるのは前述した通り。裁判ではなく出来事の「記憶」の問題として考えれば、被害者遺族が違法性よりも殺し方の残虐さにこだわるのはむしろ当然だろう。個人的な体験で言えば、原爆については「残虐な兵器だ」ということは学校教育である程度教えられてきたけれども、「戦時国際法違反の兵器で殺害されたのです」なんて教えられたことはない。空襲の法的位置づけについて国民的な議論はなされないまま、しかし「虐殺された」とは記憶してきたのじゃないだろうか。