"Composite Report on three Korean Navy Civilians List"という文書は実在するのか?

同じ文書(とおぼしきもの)を根拠に従軍慰安婦の強制連行を否定している3人の論者の記述を比較するとどうにも腑に落ちない点がある、ということでStiffmuscleさんが米国国立公文書館に問いあわせたところ、"We were unable to locate the report among the records in our custody"という返答が届いた、ということです。もちろん「見つかった」という場合とは違って「見つけられなかった」という返答ですから、「よく捜したら見つかった」という結果になる可能性は否定できませんが、仮にこの文書が何らかの形で実在していたとしても、その利用にあたって誰かが(あるいは3人ともが)不正確な引用をしていることはほぼ確実です。というわけでStiffmuscleさんは3氏に利用した資料の公開を呼びかけることにしました。


ついでながら、仮にこの文書が実在するとして、それが「官憲による慰安婦の強制連行」を否定する根拠としてどれ程説得力があるのか、について疑義を呈しておきたいと思います(念のために付言しておくと、私は「官憲による強制連行」が朝鮮半島における慰安婦徴集の典型例だとか、少なからずあった事例だと主張しているわけではありません。しかし「官憲が乗り出すはずはない」という主張はかなり強いものですから、求められる根拠もそれ相応に分厚いものなのです)。
秦氏が強制連行の可能性を否定している根拠は、「今まで尋問した百人ばかりの朝鮮人捕虜と同じく、反日感情が強い」捕虜たちが「もし女性たちを強制動員 (direct conscription)すれば、老若問わず朝鮮人は憤怒して立ちあがり、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」と語ったことです。加瀬英明氏などは次のようなトンチンカンなことを述べています。

「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦はすべて志願か、両親に売られたものばかりである。もし女性達を強制動員すれば老人も若者も激怒して決起し、どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」(朝鮮人軍属の証言)などの情報は、正しくないということを貴殿は証明する義務があるということである。さもないとアメリカの公式記録を貴殿は最初から価値なき虚偽文書とみなしていることになるからである。

同文書(それが実在するとして)が含む情報とは、朝鮮人捕虜たちが「どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」云々と語った、というものであって、実際に決起し日本人を殺しただろうという蓋然性がどれ程あったかはまた別のはなしです。したがって、朝鮮人捕虜たちが「どんな報復を受けようと日本人を殺すだろう」云々と語ったという情報を真性なものと認めつつ、強制連行だってあっただろうと考えたからといって、「アメリカの公式記録を(…)最初から価値なき虚偽文書とみなしている」なんてことにはなりません*1。「反日感情」が強ければこそ(そして「女をとられるのは民族の恥」といった女性観をもっていれば)、仮定の問いに対して「日本人を殺すだろう」と強いことばを語るけれども、いざそうした場面に遭遇した場合に抵抗できるかどうかはわからないわけです。また、日本の官憲がどの程度の抵抗を予想していたかもこの文書からはわかりません。この文書に加えて「強制連行の試みに対して実際に苛烈な抵抗があった」「日本の官憲はその抵抗を重視した」といったことを示す文書があれば、なるほど「植民地統治が崩壊しかねないリスクをはらむ「強制連行」に官憲が乗り出すはずはないと考えられる」かもしれない。しかし、なにも馬鹿正直に「売春させるのだ」と公言して「強制連行」する必要はないわけで。現に捕虜(たち)は「労務動員を拒否すると投獄される」と語ったとされています。むしろこの文書は、買春という目的を隠して「労務動員」を強制した事例がないとは言えないことを示している、と考えることだって可能でしょう。

*1:この事例、歴史修正主義者の資料に対する態度のある典型を示しているようで、なかなか興味深いです。