小説をソースに慰安婦問題を論じるひと

ステージ風発
「慰安婦問題を再訪する??これでも「性的奴隷」だったのか。」
「慰安婦は性的奴隷ではなかった??伊藤桂一氏の名作が描く兵士と女性の交流」

いやもちろん、小説を史料として語ることのできる歴史の側面というのはあります。しかしこんな論じ方が許されるなら、南京大虐殺石川達三の『生きている兵隊』一つをもって異論の余地なく立証される、と言ってしまえるでしょう。
伊藤桂一氏の小説は作者が慰安婦をどう認識していたか、作者の周辺の将兵慰安婦をどう認識していたかをある程度(それがどの程度か、という点については考察が必要ですが)反映しているでしょう。この小説の受容史を調べれば、旧日本軍将兵慰安婦をどのように考えたがっていたか、を知ることもできるでしょう。しかし、仮にこの小説の記述が作者の見聞した慰安所慰安婦の実態を忠実に反映していたとしても、それはただ「それだけ」のことです。小説が描いていない部分が膨大にあり、古森氏は端的にそれを無視している、と。