『プライド』公開前後の報道

映画『靖国』の上映をめぐる一連の報道に対して、『プライド 運命の瞬間』(伊藤俊也監督、1998年)がひきあいに出されるのをちょくちょく見かけるので、公開前後の動きを朝日新聞の報道で辿ってみる。引用文中の強調はすべて引用者によるもの。
「プライド」と「東条」をキーワードに検索して見つかるもっとも早い記事は1998年4月10日夕刊の「製作者側労組「シナリオ問題」と批判 東条英機描く映画「プライド」」という見出しのもの。

 第二次大戦で日本の戦争責任を問われて絞首刑となった東条英機元首相が主役の映画「プライド 運命の瞬間」(伊藤俊也監督)が、五月の全国公開を前に、製作者側の労組から「シナリオに問題がありすぎる」と批判を浴びている。
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 映画は昨年十二月から三月にかけて東映の京都撮影所などで撮影され、五月二十三日から全国東映系で公開される予定。シナリオでは、南京事件について東条が「国家の意志として無差別な虐殺を命じたことなどあろうはずもない」などと発言している。
 こうした内容を、全東映労連が加入する映演総連の杉崎光俊委員長は「創造の自由は認めるが、戦争に対する見方が偏り過ぎている。シナリオ通りの映画ができあがるとしたら問題だ」と批判。「批判する会」を二十日午後六時四十五分から、東京都文京区の文京区民センターで発足させる予定だ。
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公開前の抗議だが、全東映労連の抗議であるからシナリオおよび撮影の模様については情報をもっていた、ということ。市民団体による抗議としてもっとも早く報じられているのは1998年4月30日朝刊、「「映画『プライド』は戦争美化」 市民団体が公開抗議」。

 第二次世界大戦後の東京裁判で戦争責任を問われ、絞首刑になった東条英機元首相を描いた映画「プライド 運命の瞬間」(五月二十三日から全国東映系で公開)に対し、県内の二つの市民団体が、「戦争を美化、侵略戦争を免罪、歴史をわい曲している」と、公開に抗議する声明を発表した。映画は東日本ハウス(本社・盛岡市)の創立三十周年記念作品で、市民団体は声明の賛同者を募り、公開前に東映東日本ハウスに公開中止を要望する。
 声明を発表したのは、いわて労連などで作る県革新懇(渥美健三代表)と、教員や教員OBらで作る県歴史教育者協議会(宮手毅会長)。
 声明は「プライド」について、(1)東条が「大東亜戦争自衛戦争」と主張して「日本の名誉」を守ったと称揚されている(2)東条の言葉として南京大虐殺を否定している(3)日本の戦争をアジア解放の戦争のように印象づけている――と指摘し、「歴史のわい曲、偽造にほかならない」としている。記者会見で宮手会長は「戦争への反省、謝罪なしにプライドを持つとは、どういうことか」と述べた。
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いわて労連が関わっているので全東映労連から情報を入手している可能性は低くないと思うが、記事はその点には触れていない。
これに先立つ4月22日には主演の津川雅彦が記者会見をしている。1998年4月24日朝刊、「東条元首相の覚悟と苦悩再現 津川雅彦さん、映画公開前に会見」。

 第二次世界大戦で日本の戦争責任を問われ、絞首刑になった東条英機元首相を描く映画「プライド 運命の瞬間(とき)」(伊藤俊也監督)の公開を控え、東条元首相を演じた俳優の津川雅彦さんが長崎市内のホテルで二十二日、記者会見を開いた。津川さんは「苦悩する東条元首相を見てもらいたい」と熱っぽく新作への思いを語った。全国公開は五月二十三日から。  


 映画の主な舞台は、敗戦後に開廷された極東軍事裁判東京裁判)。日本の悪として糾弾するキーナン首席検事と威信をかけて切り返す東条元首相の対決を軸に場面が展開する。(…)
 津川さんは東条元首相役を引き受け、「生々として悪役」を演じられると身震いしたという。役作りで一番苦労したのは、極刑を覚悟しながら常に落ち着いていた東条元首相の「覚悟」だったと話した。
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 津川さんは「東条元首相に対するヒステリックな批判はあるが、覚悟を決めた東条元首相をリアルに演じた。この映画を見て(東京裁判などの)問題提起になれば」と語った。

「キーナン首席検事と威信をかけて切り返す東条元首相の対決」というが、実際の東京裁判では天皇の責任追及につながりかねない証言*1をした東条に対して、キーナンが田中隆吉・松平泰昌を通じて証言の修正をはたらきかけている。
公開直前の1998年5月16日朝刊でも公開中止を求める運動が報じられている。「東条英機元首相主役の映画、公開中止を申し入れ 批判する会」。

 東条英機元首相が主役の映画「プライド 運命の瞬間(とき)」について、製作した東映の労組や文化人らでつくる「映画『プライド』を批判する会」は十五日、東映に対し、二十三日からの公開中止を申し入れた。

しかしご承知の通り『プライド』は予定通り公開されたので、批判的な立場からの「研究集会」が開かれることになる。1998年6月17日朝刊、「東京裁判描いた映画「プライド」検証 長崎市できょう研究集会」より。

 長崎平和研究所(鎌田定夫所長)は十七日午後六時から、東京裁判での東条英機元首相を描いた映画「プライド 運命の瞬間(とき)」について考える研究集会を、長崎市筑後町の県教育文化会館で開く。
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もう一つ、1999年6月27日朝刊、「学者ら「歴史偽る」 映画「プライド」検証シンポ 【大阪】」より。

 第二次大戦のA級戦犯として処刑された東条英機元首相が主役の映画「プライド 運命の瞬間(とき)」を歴史的に検証するシンポジウム「今、真剣に平和を考える」が二十六日、大阪市中央区の大阪国際平和センター(ピースおおさか)で開かれた。
 参加した歴史研究者らからは「歴史の偽造がある」などと批判が相次ぎ、三月にこの映画の上映会を許可した大阪国際平和センターの姿勢にも厳しい声が上がった。
 三月の上映会は「戦争資料の偏向展示を正す会」が申請し、大阪国際平和センターが講堂の使用を許可した。これに対し、反戦平和運動を続けてきた市民団体のメンバーらが「戦争を肯定し、東条元首相を美化する映画であり、許可は施設の設置理念に反する」と反発し、シンポジウムを企画した。
 シンポジウムでは、赤澤史朗・立命館大教授(近代日本政治史)が歴史研究者の立場から、この映画に描かれた東京裁判などを史実に照らして検証を加えた。
 記録にはない発言を入れたり、推測に過ぎないものを真実のように描いたりするなどの作為的な点がいくつもあるとし、「勝手に事実を変えている」などと批判した。
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もっとも批判が集中したのが東条による南京大虐殺(の意図的性格)の否定であったらしいことは、京都新聞のサイトに残っている監督インタビューからもうかがうことができる。

 ―法廷場面は事実に基づくということだが。


 法廷場面は南京事件関連のやり取りを始め一字一句事実通り。南京事件について清瀬は「日本の軍隊によってなされた残虐事件に関しては遺憾」と発言した。だが、暴発的虐殺事件が法廷で過大利用された。


  ―法廷場面は一部であり、それ以外で東条に「虐殺を命じるなどあろうはずがない」などのセリフを加えては真実といえないのでは。


 前後の法廷記録や当時の立場から必然的にこう言うだろうということだ。だが、東条に感情過多にならぬよう彼にまつわる人間的な逸話などは極力排した*2


なお、これらの動きとほぼ同時に、こういうことも起きていた。1998年6月12日朝刊より。

映画「南京1937」、続く妨害に学者ら抗議声明


 横浜市内の映画館で上映中の香港・中国合作映画「南京1937」に対し右翼団体の妨害が続いており、全国上映委員会の木全純治代表や上映運動を支援する田中宏・一橋大教授、映画監督の若松孝二さんらが十一日、東京都内で「表現の自由への重大な挑戦」との抗議声明を発表した。
 同市中区の映画館では六日昼、上映中のスクリーンが切り裂かれる事件があったが、その後も連日、右翼団体街宣車が周辺で大音響のスピーカーを使い「上映とりやめ」を要求している。館主には脅迫状も来ているという
 映画の中で、南京虐殺の責任者とされる松井石根・陸軍大将の役を演じた久保惠三郎さんは「この映画は右翼がいうような左傾思想や反日思想でこしらえたものではない。戦争の中での人間愛を描いたものだ」とした。若松さんは、右翼の抗議行動が「(東京裁判で無罪を主張して争った東条英機を描いた)映画『プライド』が公開されてから激しくなったようだ」と話し、「プライドも含めどんな映画でも見る権利、見ない権利がある」。木全さんは「プライドと同時上映で市民に考えてもらうというのもいい」と提案した。

*1:「日本国の国民が、陛下の御意思に反してかれこれするということはあり得ぬことであります。いわんや、日本の高官においてをや。」

*2:朝日新聞1998年5月30日朝刊「記者席」は次のように始まっている。「東条英機が菜園のトマトをかじり、「うまい」と言って妻にも食べさせる――先週から公開された映画「プライド 運命の瞬間(とき)」の冒頭シーンだ。(改行)知り合いの中国人記者はこの場面ひとつとっても「問題だ」と不満げ。「彼の侵略責任にはふれず、人間性ばかり強調している」ように見えるのだという。」むろん、そうした“人間的”なシーンをことさら排除し過ぎても表現として陳腐になり、史実から遠ざかってしまうということはあろう。