匪徒刑罰令

NHKのシリーズ「JAPANデビュー」第1回、『アジアの“一等国”』に対する右派の天に唾するような抗議に対しては、すでに多くの方が、拙エントリのコメント欄も舞台としつつ反批判を展開しておられます。それはそれで重要なことなのですが、右派が「あれにも触れてない、これにも触れてない」と文句を言うならわれわれもまた『アジアの“一等国”』で触れられなかったことを指摘していく必要があろうと思います。右派の批判に対して左派がNHKの弁護ばかりしているようではまるでNHKが偏向しているみたいではないですか(笑)
まずは番組中で「後藤〔新平〕が考え出した条令」として紹介されていた、匪徒刑罰令です。番組では次のように語られていました*1

日本内地ではあり得ない厳しいものでした。略奪、殺傷のみならず、建物や標識、田畑を破壊した者は死刑。未遂であっても同罪とする。総督府警察が、匪徒、犯罪者と見倣せば、たとえ未遂でも死刑に処せられました。

この法律に関する文書はアジア歴史資料センターで閲覧することができます。レファレンスコード= A01200876000、「台湾匪徒刑罰令ヲ定ム」という件名をつけられた文書群です(画像データの6頁から8ページが条文)。条文は次の通り(「中野文庫」のデータを利用させていただきました)。

第一条 何等ノ目的ヲ問ハス暴行又ハ脅迫ヲ以テ其目的ヲ達スル為多衆結合スルヲ匪徒ノ罪ト為シ左ノ区別ニ従テ処断ス
 一 首魁及教唆者ハ死刑ニ処ス
 二 謀議ニ参与シ又ハ指揮ヲ為シタル者ハ死刑ニ処ス
 三 附和随従シ又ハ雑役ニ服シタル者ハ有期徒刑又ハ重懲役ニ処ス


第二条 前条第三号ニ記載シタル匪徒左ノ所為アルトキハ死刑ニ処ス
 一 官吏又ハ軍隊ニ抗敵シタルトキ
 二 火ヲ放チ建造物汽車船舶橋梁ヲ焼燬シ若ハ毀壊シタルトキ
 三 火ヲ放チ山林田野ノ竹木穀麦又ハ露積シタル柴草其他ノ物件ヲ焼燬シタルトキ
 四 鉄道又ハ其標識灯台又ハ浮標ヲ毀壊シ汽車船舶往来ノ危険ヲ生セシメタルトキ
 五 郵便電信及電話ノ用ニ供スル物件ヲ毀壊シ又ハ其他ノ方法ヲ以テ其交通ノ妨害ヲ生セシメタルトキ
 六 人ヲ殺傷シ又ハ婦女ヲ強姦シタルトキ
 七 人ヲ略取シ又ハ財物ヲ掠奪シタルトキ


第三条 前条ノ罪ハ未遂犯罪ノ時ニ於テ仍本刑ヲ科ス


第四条 兵器弾薬船舶金穀其他ノ物件ヲ資給シ若ハ会合ノ場所ヲ給与シ又ハ其他ノ行為ヲ以テ匪徒ヲ幇助シタル者ハ死刑又ハ無期徒刑ニ処ス


第五条 匪徒ヲ蔵匿シ又ハ隠避セシメ又ハ匪徒ノ罪ヲ免カレシムルコトヲ図リタル者ハ有期徒刑又ハ重懲役ニ処ス


第六条 本令ノ罪ヲ犯シタル者官ニ自首シタルトキハ情状ニ依リ其刑ヲ軽減シ又ハ全免ス
2 本刑ヲ免シタルトキハ五年以下ノ監視ニ附ス


第七条 本令ニ於テ罰スヘキ所為ハ其本令施行前ニ係ルモノモ仍本令ニ依テ之ヲ処断ス


   附 則


本令ハ発布ノ日ヨリ施行ス

番組が注目したのは第三条、未遂であっても既遂の場合と同じく死刑にできるという規定ですが、第七条にも注目したいところです。本令ニ於テ罰スヘキ所為ハ其本令施行前ニ係ルモノモ仍本令ニ依テ之ヲ処断ス。本令において罰すべき所為はその本令施行前に係るものもなお本令によってこれを処断す。そう、右派が過去60年間極東国際軍事裁判を攻撃する際の重要な拠り所にしてきた、「法の不遡及」という原則にこの法律もまた反していたわけです。

*1:「夕刻の備忘録 」さんが文字起こしされたものを「15年戦争資料 @wiki」さん経由で利用させていただきました。http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/1966.html