第32軍軍法会議処刑者目録に関する報道についてメモ

この記事で言及されている林教授の論文については入手次第またご紹介するつもりですが、記事のなかの「一方、中国の日本軍の軍法会議では強姦、略奪、住居侵入など住民に対する犯罪が裁かれていることが分かっている」という記述について。記者としては「他国民に対する性犯罪は処罰したのに……」という対比により、沖縄県民の人権を第32軍が軽視していたことを強調する意図があるのではないかと思います。また、中国大陸における日本軍の強姦、略奪等が軍法会議で処罰された事例があることも事実です。ただし、次の2点に留意が必要です。
まず中国戦線で実際に発生した対住民犯罪のうちどの程度が処罰されたのか、という問題。正確な比率など今となっては計算のしようもありませんが、中国戦線の広大さや展開していた部隊の規模などから推測するに「氷山の一角」を摘発したに過ぎないのではないか、と考えてよいように思われます。第二に、処罰の目的の問題。1938年6月27日に北支那方面軍参謀長名で出された通牒「軍人軍隊ノ対住民行為ニ関スル注意ノ件」(『政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料』の第二巻に収録)には次のような一節があります(旧漢字を新漢字に改めた)。

二、 治安回復ノ進捗遅々タル主ナル原因ハ後方安定ニ仕スル兵力ノ不足ニ在ルコト勿論ナルモ一面軍人及軍隊ノ住民ニ対スル不法行為カ住民ノ怨嗟ヲ買ヒ反抗意識ヲ煽リ共産抗日系分子ノ民衆煽動ノ口実トナリ 治安工作ニ重大ナル悪影響ヲ及ホスコト尠シトセス
而シテ諸情報ニヨルニ斯ノ如キ強烈ナル反日意識ヲ激成セシメシ一原因ハ各所ニ於ケル日本軍人ノ強姦事件カ全般ニ伝播シ実ニ想像外ノ深刻ナル反日感情ヲ醸成セルニ在リト謂フ

また先日 scopedog さんが紹介されていた資料、「支那事変の経験に基づく無形戦力軍紀風紀関係資料(案)」(大本営陸軍部研究班、1940年1940年11月)にも同様な趣旨の一節があります。

一、皇軍ノ本質並ニ今次聖戦ノ意義ヲ的確ニ把握シ其ノ行動ヲシテ之ニ即応セシムルヲ要ス
 事変勃発以来ノ実状ニ徴スルニ赫々タル武勲ノ反面ニ掠奪、強姦、放火、俘虜惨殺等皇軍タルノ本質ニ反スル幾多ノ犯行ヲ生ジ為ニ聖戦目的ノ達成ヲ困難ナラシメアルハ遺憾トスル所ナリ宜シク皇軍ノ本質並ニ今次聖戦ノ目的ハ抗日排日容共政権及其ノ軍隊ヲ打倒シ東洋永遠ノ平和ヲ確立シ新秩序ノ建設ニ寄与スルニ在リテ決シテ一般民衆ヲ敵トスルモノニアラザル所以ヲ一兵ニ至ル迄徹底セシメ其ノ行動ヲシテ之ニ即応セシムルコト肝要ナリ

いずれも占領統治を円滑に進めるために性暴力等の対住民犯罪を問題にしているのであって、中国市民の人権への配慮はうかがえません。沖縄との相違は、性暴力を含む対住民犯罪が戦争遂行の妨げになるという認識があったか否かのそれである、ということです。
もちろん、いずれにしても非戦闘員の人権に対する意識が低かったことには違いないのですが。