『「村山・河野談話」見直しの錯誤』ほか

吉見義明さんの岩波新書、『従軍慰安婦』は刊行から20年近く経った今でも、この問題についての基本的な理解を形成するうえで有益な文献だとは思います。とはいっても、なにかあったらすぐこの本、というのではその後の約20年間に行なわれてきた調査、研究へのリスペクトを欠くことになってしまいかねません。というわけで、このところ私は「最初に読むべきもの」として次の2冊を薦めています。

それぞれ日本軍「慰安所制度とはなにか? というパースペクティヴと日本軍「慰安婦問題とはなにか? というパースペクティヴから書かれていますので、セットで読むのがおすすめです。岩波新書の『従軍慰安婦』はむしろその後に読んで、20年前に議論がどこまでの水準に達していたのかを学ぶ、という方が有益でしょう。
もう一冊、今年の4月に出たばっかりの文献です。

タイトルから想像するに、安倍首相が村山談話河野談話の見直しをブチあげていたことをふまえて企画されたものでしょう。シリーズ「安倍新政権の論点」のうちの一冊、として位置づけられています。国際世論の硬化によってとりあえずこうした目論見は引っ込められているわけですが、安倍首相の「歴史認識」が変化したわけではありませんので、アクチュアリティに変わりはないでしょう。
林博史さん担当の第1章、渡辺美奈さん担当の第3章の目次は次のようになっています。

第一章 安倍首相の歴史認識はどこが問題なのか
 一、安倍首相の戦争観
 二、安倍首相の「慰安婦」認識の問題
 三、強制的に連れていかれた例はないのか
 四、犯罪とわかっていて黙認した内務省、外務省、軍
 五、ほかの国にもあったのか? 「慰安婦」は公娼と同じか
 六、「慰安婦」は優遇されていたのか? 慰安所の実態は?
 七、なぜ日本軍「慰安所」制度を美化しようとするのか
 おわりに 日本政府と日本国民がおこなうべきこと

第三章 世界は日本軍「慰安婦」問題をどう見てきたか
 一、日本人男性の性搾取の問題から、戦時性奴隷へ
 二、国連の勧告を無視し続ける日本
 三、不処罰の連鎖を断つために
 四、各国政府・議会が安倍首相の歴史認識を批判
 おわりに 国際社会に対する日本の責任

ご覧いただけば、(1)岩波ブックレットの2冊と同じように、「慰安所制度の解説と「慰安婦問題の概観がセットになっていること、(2)橋下発言の問題化以前に刊行されているにもかかわらず右派の持ち出す論点の多くがカヴァーされている、すなわち否定派の論法に進歩がない*1ことがわかります。
岩波ブックレットのコンビと違う点としては、俵義文さん担当の第二章「安倍首相の歴史認識の来歴をさぐる」を挙げることができます。

 一、自民党、政府・文部省は歴史の事実を隠ぺいしてきた
 二、九〇年代の自民党による歴史わい曲と安倍氏の役割
 三、安倍氏はいかにして自民党総裁・首相に返り咲いたか
 四、安倍政権は極右政権
 おわりに 「河野談話」「村山談話」見直しのジレンマ

マスコミが報道せず、その結果多くの市民が意識しないままになっている事柄の一つに、「慰安婦」問題否認論を含む歴史修正主義は日本の右派の一貫した政治活動の目標でもあり“成果”でもある、ということがあります。(マスコミレベルでとりあげられるような)見解の対立は学問的に生じてきたものではなく、政治的につくり出され、再生産されてきたものなのです。

*1:そりゃあ反動ですからね、彼らは。