「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その6(追記あり)

今月の初めにこのシリーズを開始した時には、まさかこんな事態になっているとは思いもよりませんでした。マスコミ報道にせよ、ツイッターその他のネットにせよ、まあ「これでもかっ!」というくらい基本的な事実を無視したものがあふれていて無力感に取り憑かれそうになりますが、諦めるわけにもいきません。
では、今回もオンラインで閲覧できるものをば。

大正末に作成されたとおぼしき、内務省文書です。目次は次の通り。漢字・仮名表記を現代風に改めてあります。

一、廃娼論者の主張及之に対する意見
二、娼妓取締規則
三、大阪府令貸座敷取締規則
四、太政官布告第二百九十五号
  司法省布達第二十二号
  太政官布告第百二十八号
  民法(第九十条)
  刑法(第二百二十四条、第二百二十五条、二百二十七条、二百二十八条)
五、大正十二年徴兵花柳病患者千分比順位表

ここでとりあげるのは「一、廃娼論者の主張及之に対する意見」です。内務省警保局は「廃娼論者の主張」を「一、娼妓は人身売買に依る奴隷制度にして人道に反す」「二、公娼は花柳病予防上有効ならず却て危険なり」「三、公娼の存在は却て私娼を多からしむ」「四、公娼は遊客を誘引し風俗上不都合なる結果を生ず」と分類し、それぞれについて警保局としての意見を付しています。一〜四のうち三つが、今日日本軍「慰安婦」制度が批判される際のロジックと重なっている点に御注目ください*1。そしてなにより、軍「慰安所」ができるよりも以前から、「公娼制奴隷制度だ」とする批判が存在しており、それを監督官庁である内務省が意識していたことは極めて重要です。「慰安婦は性奴隷」という認識は、なにも20世紀末になって初めて欧米人が思いついたものではないのです。
いま現在の情勢からすれば、「一、娼妓は人身売買に依る奴隷制度にして人道に反す」に内務省がどのような意見を付しているか、に関心をもつ方が多いことと思います。しかし、常日頃「慰安婦」問題に関して「証拠を出せ!」と言い募っている人々であれば、自らアジア歴史資料センターにアクセスすることをまさか厭いはしないでしょうから、これ以上詳しくご紹介する必要もありますまい。
……とはいえ、本エントリをお読みになる方の中にはこれ以上「証拠」を要求するまでもなく軍「慰安所」制度の犯罪性、非人道性を確信しておられる、という方も多いでしょうから、ごく簡単にまとめておくと、“人身売買にならないための法律、規定が設けてあるので、それらが全部、きちんと守られれば人身売買じゃありませんよ”といったところになります。とすると問題はかつての公娼制において、さらには軍「慰安所」制度において、そうした建前がきちんと守られていたかどうかですが、これについては多言を要しますまい。


追記1:インターネットを利用できる市民であれば比較的利用しやすいデータベースとしては、国会図書館の「近代デジタルライブラリー」もあります。こちらで例えば「廃娼」をキーワードに検索してみると77件の図書がヒットします。もちろんそれらの中には廃娼論への反論を目論んだものも含まれているのですが、公娼制擁護論を唱える必要があったのはもちろん、「公娼制は当たり前」という認識が揺らいでいたからに他なりません。


追記2:エントリの内容とは全く関係のない駄ブコメをつけつづけるはてなユーザーと言えばギンギンとか m-matsuoka とかがおなじみであるわけですが、このところこの二人を上回る意味不明っぷりを発揮しているのが id:gimonfu_usr です。このエントリへのブクマとメタブは次の通り。

gimonfu_usr 政 史
公娼制度に対する認識問題をいうなら、軍相手慰安制度は各国にある。そもそも明治期の廃娼令は清国の奴隷制度逃亡者保護が発端。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%B9%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B62013/05/21
(http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Apeman/20130520/p1)

gimonfu_usr 史
そもそも根っ子の貧困と女子就労の困難を棚にあげて、制度を罵倒しても仕方がない。その当時のというか、関東大震災前後の一般世帯の収入 http://www.koshien-c.ac.jp/kenkyu/31/002.pdf2013/05/21
(http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/Apeman/20130520/p1)

ギンギンとかの場合にはまだしも、「脳内サヨクを Dis りたいんだな」という具合にその意図を理解することはできるのですが、こちらの方は一体なにをやりたいのか、さっぱりわかりません。「マリア・ルス号事件」は近代日本の公娼制を語る際にはしばしば引き合いに出されるものとしてよく知られているわけですが、ウィキペディアの当該項目の URL で彼は一体なにをしようとしているのでしょうか? 「各国にある」云々はいま話題の橋下徹の主張と同じですが、橋下にせよ gimonfu_usr にせよその「証拠」を挙げてくれないんですよねぇ。橋下は韓国政府に「証拠を出せ」と要求していたはずですが、自分が証拠を出す、という発想は持っていないようです。gimonfu_usr はどうなんでしょうか?
輪をかけて意味不明なのがメタブの方です。敢えて露悪的な言い方をするなら、「サヨクが貧困の問題を見逃すと思うか、このバカが?」と言いたい気分です。現に私は、18日付けのエントリでこう書いているわけです。

(……)ある人が、誰かに強制されたり騙されて「堕落させられた」というなら彼らは同情も感じ怒りも感じますが、しかしその怒りは直接強制し、直接騙した者にしか向かないのです。「最終的に誰が買っているのか」も、「人身売買の背景にある構造的な女性の貧困」も彼らの関心を惹きません。
(http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130518/p1)

驚くべきことに、gimonfu_usr はこの18日のエントリにもブクマをつけて「ついでに「自分たちの聖なる家族像が破戒される」売買春は許せぬ心象は美しい?娘たちが売られる貧困に触れずに」などとコメントしているのです! ひょっとして、自分がタイプしたのではない「貧困」という文字は眼に入らないという認知バイアスでも持っているのでしょうか? 「貧困」を無視して「商行為にすぎないから問題ない」と軍「慰安所」制度を擁護してきたのはもちろん日本の右派の方なのですが、なぜか gimonfu_usr にとってそうした現実は「なかったこと」になっているようです。
なお、これはすでにブクマで指摘していただいてますが、この18日付けのエントリによって「あらかじめ論破されていた」ユーザーはもう一人います。id:motsura です。先ほどの引用箇所に続けて、私はこう書いておきました。

「女衒の多くは朝鮮人だった」と言えば日本軍を免罪できると思っている人間は全て、西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」真悟の仲間なのです。

さっそく西村「強姦 してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔」真悟の仲間が現れて私の主張を裏付けてくれるとは。ブロガー冥利に尽きるというものです。

*1:「三」は、軍「慰安所」制度が末端の部隊における施設「慰安所」=強姦小屋の設置を誘発した、とする批判とパラレルなものと解釈できます。