1992年1月の「慰安婦」問題報道・3紙比較

1992年1月11日以降の朝日、読売、日経各紙の「慰安婦」問題報道を比較してみましょう。池田信夫氏によれば、この日の朝日の記事によって歴史が変わったらしいんですが、考えてみればすべての日本人がアカヒ読者というわけでもないので、他紙がどう報じたのかも調べないとまずいですよね? 毎日を省略しているのは、結果がどうであれおそらく歴史修正主義者の関心を惹かないであろうからです。産經新聞がないのは縮刷版がないからで、私のせいじゃありません。記事の扱いの大きさがわかりやすいよう、「慰安婦」関連記事以外の部分はぼかしをかけ明度を落とす処理をしてあります。


(1-1)1992年1月11日、朝日新聞、朝刊、一面

記事の中身についてはこちらをご参照ください。


(1-2)1992年1月11日、朝日新聞、朝刊、社会面

見出しからわかるように記事の焦点は「補償」問題とそれまで日本政府がついてきた嘘の2点です。「強制連行」の4文字は存在しません。


(2)1992年1月11日、朝日新聞、夕刊

政府筋の反応、および韓国政府の反応を紹介したフォロー記事ですが、写真からおわかりいただけるように大した量ではありません。北海道の炭坑に「慰安婦」の誘致をはたらきかけた陸軍の文書の発見、および市民団体が解説した「慰安婦110番」にも言及があります。「強制連行」の4文字はありません。


(3-1)1992年1月12日、朝日新聞、朝刊

官房長官加藤紘一)および外務大臣渡辺美智雄)が「当時の軍の関与」を認めた、との記事。「強制連行」の4文字はありません。


(3-2)1992年1月12日、読売新聞、朝刊

渡辺外相が「軍の関与」を認めるコメントをした、という読売の第一報。ここでも焦点は「補償」問題、および従来「軍の関与」を否定してきた政府の説明との齟齬、です。もちろん、「強制連行」の4文字はありません。


(3-3)1992年1月12日、日経新聞、朝刊

官房長官のコメントへの言及がないのは読売と同じ、「慰安婦110番」に言及があるのは朝日と同じ、です。「強制連行」の4文字はやはりありません。
(3-4)1992年1月12日、朝日新聞、社説

「徹底的な事実調査」と、補償に関しても「前向きの姿勢」を求めた社説(後者については、アメリカおよびカナダにおける日系人強制収容へのリドレス運動に言及)。「売春行為を強いられた朝鮮人女性など」「勧誘または強制連行され、中国からアジア、太平洋の各地で兵士などの相手をさせられたといわれる朝鮮人慰安婦」との表現はありますが、朝鮮半島で軍官憲による「人狩り」的強制連行があった、とはされていません(朝鮮人慰安婦」は全員が強制連行の犠牲者だ、ともされていません)。その限りで、これは今日の研究水準に照らしても問題のない記述です*1
この日は日曜なので夕刊はなし。なお読売、日経ともトップは共和事件の記事です。この週末はブッシュ(父)の訪日直後、センター試験真っ最中、共和事件での逮捕目前……という具合に大きなニュースが続いており、「日本中が慰安婦問題一色に!」てな状況では全然なかったわけです。


(4-1)1992年1月13日、朝日新聞、朝刊

官房長官の発言を引用して、政府が首相の訪韓時に「謝罪」する方針を決めた、とする記事。背景解説はやはり「補償は解決済み」「軍、政府の関与はなし」という政府の(従来の)姿勢について。


(4-2)1992年1月13日、読売新聞、朝刊

官房長官発言についてはほぼ朝日と同じ伝え方。PKO法案についての官房長官発言にも触れています。


(4-3)1992年1月13日、日経新聞、朝刊

読売と似たり寄ったりの記事です。日経については以後省略。
私の見落としでなければ(なにぶん縮刷版なので見落としはあるかもしれないのですが……)、この日の夕刊には関連記事はありませんでした。


(5-1)1992年1月14日、朝日新聞、朝刊

官房長官談話の形で「正式謝罪」(ただし「補償問題」には触れず)、との記事。「強制連行」の4文字なし。1面トップは共和事件での逮捕。


(5-2)1992年1月14日、読売新聞、朝刊

1面ではありませんが、記事の中身そのものは朝日と大差ありません。


(6)1992年1月15日、読売新聞、社説

朝日に遅れること3日、また朝日とは異なり首相訪韓の課題全般をとりあげた社説ではありますが、「慰安婦」問題についても次のように書いています。

 いま、朝鮮人従軍慰安婦の問題が表面化している。関係者が日本政府を相手に補償を求める訴訟も起きている。
 日本政府の調査でも、旧日本軍が関与していたことが明らかだ。加藤紘一官房長官は「おわびと反省」の談話を発表したが、首相も訪韓の際、公式の場で率直な謝罪を表明すべきだ
 補償問題は、一九六五年の日韓国交正常化の際の協定で、法的には決着がついている。これを前提に、謝罪の意志と誠意を表すにはどんな方法が適切か、裁判の行方を見ながら韓国政府と協議し、「未来志向」の日韓関係につなげてほしい。

強調は引用者。読売の方が「賠償」問題については消極的だというのは予想通りですが、しかし12日の朝日社説にしても「個々の請求にどう対応するかは別にして」という但し書きつきの提言にすぎず、具体的な賠償の提案をしているわけではありません。


どーでしょう? 1992年1月11日の朝日新聞報道を皮切りに、日本中が「慰安婦は実は強制連行されていたのだっ!」という認識で染まりきった、などということはとうてい読みとり難いのですが……。

*1:もちろん、より精緻な記述にするのであればいろいろとつけ加えるべきことはありますが。