『陸軍士官学校事件』

陸軍士官学校事件とは、本書のサブタイトルにもあるように二・二六事件のきっかけの一つとして扱われてきたクーデター未遂事件。摘発のきっかけは、あの辻政信士官学校学生をスパイとして用い入手した情報ということで、謀略を疑うひとも少なくないことで知られる。
この本の本来のテーマである士官学校事件の真相とは別の意味で興味深く読んだ。事件の性質上、本書は取調べ記録や日記、戦後の回想など関係者の“証言”を記した史料に大きく依拠しているわけだが、そこには記憶違いなどに由来する齟齬、自己弁護や猜疑心に由来する歪曲などが見られることは当然予想される。同じ出来事について異なる史料が異なる記述をしていることは珍しくない。そうした史料群を歴史学者がどのように扱い、どのように評価して歴史記述につなげてゆくのか、そのプロセスが興味深かった。証言に傷を一つでも見つければ全面否定できる、と思っている歴史修正主義者に読ませたいものだ。