『読売新聞』の限界を露呈した「陰謀論」対談

『読売新聞』の2018年8月20日朝刊に「「陰謀論』蔓延 ゆがむ歴史」と題した細谷雄一×呉座勇一のゆういち対談が掲載されていました。細谷氏が「どちらかといえば、保守の側にアカデミックなトレーニングを受けた歴史家が少ない。一方でそれを求める読者は多く、アマチュアの書物があふれているのが問題です」と指摘している点は、細谷氏の政治的な位置を考えればフェアな評価と言えるでしょう。しかし細谷氏が「特に気になります」としているのは近著『自主独立とは何か』(新潮選書)でもとりあげた「対米従属批判」系陰謀論とのことで、対談中で触れている具体例もその系統のものだけです。専門が国際政治学だから彼自身の問題意識としてその種の陰謀論に関心を持つこと自体はおかしくないのでしょうが、しかしいまの日本の社会情勢として陰謀論の蔓延を危惧するのであれば、おそらく記者によってまとめられた「主な陰謀論・陰謀説」リストにもあがっている「コミンテルン陰謀論」を杉田水脈衆議院議員が主張していることに触れないのはおかしいでしょう。「生産性」発言で悪名を轟かせたばかりでもあり、かつ安倍首相のひきで自民党に鞍替えしたという権力中枢との近さ、もあります。
またこのリストのなかに「田中上奏文」が入っている点も、日本の右派における陰謀論蔓延を相対化したいという欲求を感じてしまいます。日本国内ではまったくと言ってよいほど影響力のない説で、かつ中国においても克服されつつある*1もの。「左」の陰謀説をとりあげたければむしろ「ムサシ」の方が有害さの度合いは高いでしょう。
対談の趣旨自体は時宜にかなったものながら、しょせん『読売新聞』、いま一番危ないところには触れることができていませんでした。

*1:「日中歴史共同研究」の中国側報告書でも注で言及されているだけで、これを明確に真正な文書とする立場はとっていない。