「田母神論文」は孤立した現象ではない(追記あり)

新聞等の報道によれば、アパの懸賞に応募した自衛隊員はすべて空自だったそうで、ますます「これまでなぜ看過してきたのか?」が問われることになりそうです。ではことは空自だけのことなのか、といえば残念ながらそうではない。例えば「田母神論文」に登場する「張作霖爆殺=ソ連の陰謀」説。「盧溝橋事件=中共の陰謀」説の方は事件発生の経緯が(有力な通説こそあっても)完全に明らかになってはいないことや当時の華北の情勢などに照らしていえば、まだマシです*1。しかし「張作霖爆殺=ソ連の陰謀」説の方はもう、情報の信憑性の評価がまともにできないかイデオロギーのためならそうした評価をパスして平気な人間*2しか採用しえないシロモノです。で、こうした説が『ムー』に載っているのであれば別に気にするほどのことでもないのですが、ご承知のように『諸君!』や『正論』が鳴り物入りでとりあげたわけです。そのキャンペーンに加担した知識人の一人に中西輝政がいますが、彼は安倍前々総理の「ブレーン」として知られていました。民主党藤田幸久議員が国会で9.11陰謀論をとりあげた際に嗤った人間のなかで、あるいは同じく民主党枝野幸男議員が「利上げ」を主張した際にそれを問題視した人間のなかで、一体どれくらいが“首相のブレーンに陰謀論者がいる”ことに危機感を抱いていたでしょうか? 首相のブレーンが「張作霖爆殺=ソ連の陰謀」説を(消極的にではあれ)支持するのであれば、同説を主張する空幕長がいたってちっともおかしくないでしょう。
要するに保守論壇、右派論壇に登場する陰謀説や歴史修正主義的言説に甘い態度をとり続けてきたことが、今回のような事態を招いたわけです(さらに言えば、昨年の夏に日本の国際的な威信をおおいに瑕つけるような事態を招いたわけです)。HALTANクンのように左翼叩きのためならどんな手段でも平気でつかう若者がでてくるのも当然でしょう。「田母神論文」に最優秀賞を与えた審査員の長たる渡部昇一参考人として国会に呼び、相続税の廃止に賛成しない人間を“ポル・ポト呼ばわり”することを許したのも政府与党ですから。左翼に吼える犬ならどんなに性悪でも頭を撫でてくれる人間がいれば、その犬がサヨクマボロシにだって吼えるようになるのも道理です。いま大切なのは元空幕長にどうやって退職金を返上させるか? ではなく、根拠の無い妄説を弄ぶ人間が権力の中枢に近づくようなことを繰り返させないための努力です。


追記:ブクマコメントより(セルフブクマでも返答しましたが)。

2008年11月06日 okemos ふんふんと思いながら読んでたんですが、いきなりHALTANさんの名が出てきて驚きました。出されなくてもよかったのでは?これまでブログで取り上げられた保守の人達と、HALTANさんは全然違うと思うのですが。

いいえ、出るべくして出てきた名前です。まず第一に、HALTANクンは「首尾一貫性を保とうとしているフリ」すら放棄した(「ホロコースト」を参照した批判には「恐ろしい」だの「人類史上の悲劇を見世物に」にしただのと噴きあがったのに、「ポル・ポト呼ばわり」はスルー)という点において、陰謀論を嬉々として弄ぶ手合いと同程度の知的誠実さしか持ち合わせていないことを露呈したわけですが、そのHALTANクンに甘い顔をみせる論者がいるということと、政権の中枢近くにまで陰謀論者が入り込むこととは軌を一にした現象です。

*1:ただし「第一発」問題を過剰に重視し、停戦案がまとまっていたのに結局全面戦争へとつながってしまった、という側面を軽視している点で歴史認識としてはいびつですが。

*2:あるいは、ある主張がどのような含意をもつかをきちんと考えることのできない人間、と言ってもよいかもしれません。なにしろこの陰謀説が正しいなら、昭和天皇を筆頭に当時の政府、軍指導者がそろって(なにより河本大作までもが!)スターリンに操られておりかつその自覚が全くなかった、ということになってしまうからです。