石毛事件続報、その他

bat99さんが紹介しておられた『法廷の星条旗』、購入しました。まだ石毛事件のところを中心にぱらぱらとつまみ食いしただけですが、歴史学者ではなく法律家によるこのような試みは大変貴重だと思いますから、いずれ通読して改めてとりあげたいと思います。「お灸」と「ゴボウ」に関する記述についてはbat99さんが報告しておられる通り。著者たちは、軍事委員会もお灸に治療効果がある(と日本では信じられている)ことは十分理解したと結論づけています。弁護側からかなり丁寧な立証がなされ、検察側もそれをふまえた反論をしているようです。また今日でいうインフォームド・コンセントの観点からの配慮が足らなかった可能性があります(いうまでもなく、医療行為は基本的に侵襲的なものであって、患者の意に反しておこなわれないよう配慮しなければならない)。


購入時に内海愛子、『日本軍の捕虜政策』(青木書店)を少し立ち読みしました。いや、前から欲しいと思っている本ではあるのですが、さすがにこの値段とサイズだと気軽には買えませんので…まぁ、いつはか。記憶に残ったのは食料不足解消のため農民出身の捕虜に耕作をさせたという記述で、その品目の中にゴボウが含まれていました。そのようなケースなら、ゴボウが木の根と誤認されることは考えにくいでしょう。また、9月3日のエントリへのコメント欄でルキさんからこういう情報もいただいています。

このゴボウの話に別の点からの疑問点があります。
そもそも根菜を食べる以前に
「西洋にもゴボウに非常に似た野菜がある」
ということです。
英語でサルシフィやオイスタープラント(西洋ゴボウ)といいますが
形状はゴボウその物で同じ菊科に属しています。
サルシフィの方が味は穏やかで触感は柔らかいですが。

実際、写真を見ると「西洋ゴボウ」という和名も頷けます。こうした事情も「ゴボウで有罪」の逸話を考えるうえで考慮に入れておく必要がありそうです。


他方、収容所の食料事情の悪さが「虐待」として受けとめられていたことは間違いなく、「石毛事件」の場合も死亡した捕虜は脚気を患っていたわけですが、その背景には栄養不良があるわけです。便所の不備も評判が悪かったようで、ある意味で当時の日本の貧しさそのものが「虐待」の種であったと言えそうです(ただし、当時の日本にも、あるところには豊富に物資があった、ということに留意する必要がありますが)。捕虜に対する殴打も、日本軍ではビンタが当たり前であったという人権感覚の希薄さ(ないし身体への尊厳に対する感覚の違い)が背景にあったと言えるでしょう。内海氏によれば、戦犯収容所で将校が兵士を当たり前のように殴るのを目撃し非常に衝撃を受けた、という占領軍兵士の証言を引用しています。「ビンタくらいが何だ」という感覚を当時の日本人がもっていたとしたら、「捕虜の虐待」という意識を戦犯本人も、また周囲の人間もなかなかもてなかったということになるのでしょう。


EzoWolf さんからは、占領軍にいた日系米兵は戦犯裁判にどう関わったのだろうか? という疑問を提起していただきました。その時は「通訳としてかかわった事実はある」としかお返事できなかったのですが、『日本軍の捕虜政策』でも証言が利用されている大須賀・M・ウィリアムという日系二世(当時軍曹)が、通訳官として横浜軍事法廷での公判に立ち会った体験を記した、『ある日系二世がみたBC級戦犯の裁判』(草思社)も入手しました。『法廷の星条旗』共々、読了したらご紹介させていただくつもりです。