ちょっと追記

上のエントリに補足。要するに「ムスリム」を一枚岩の集団として表象することが利益になるという点で、イスラーム過激派と欧米の治安当局とは利害を共有しているということ。イスラーム過激派にとってもっとも打撃になるのは、彼らの振る舞いが「イスラーム」とはまったく関係のない、跳ね上がりの行動として切り捨てられることだ。その意味で上の「くさびを打ち込もうとする」という表現はまずかった。「恐怖」によって自分たちを切り捨てる企てを阻止しようとするもくろみ、と言った方がよかろう。
他方、治安当局者にしても、「テロ」集団が一般のコミュニティからかけ離れた存在であるとすると、いまのような「なんでもあり」の手法を続けるわけにいかなくなる。非イスラーム市民がイスラーム市民を過激派に近い存在として表象すればするほど、強圧的な手法への非難は無視しやすくなるからだ。