この脊髄反射はいったい何なんだろう…?
仕事の方がちょっと一段落ついたので、ようやく更新できます。
光人社NF文庫の『玉砕ビアク島 “学ばざる軍隊”帝国陸軍の戦争』(田村洋三)を読んでいると、ビアク戦の理解のための手助けとして「ニューギニア戦の概略」をまず紹介する、として次のような一節が出てくる。
自国の現代史を貶め、なおざりにすることがまるで偉いことのような、自虐史観に基づく誤った歴史教育が罷り通った結果、近頃の若い人たちは八百年前の源平の戦いは知っていても、わずか半世紀前の太平洋戦争の経過に疎いが、それをおぎなう意味もある。
(80ページ、原文のルビを省略)
なんというか、もうげんなり。いや、全体としては悪い本ではないのですよ。サブタイトルが示すように旧軍美化にはほど遠い内容だし。飢餓に追いつめられた日本軍将兵が互いに食料を奪い合うケースまで発生したことにもきちんと触れている。慰霊団が現地で好意的に迎えられる背景として、敗戦後に私財をなげうって軍票の処理をすませた元司政官がいたことなども指摘している。著者の田村氏は元読売新聞大阪本社、社会部の記者。と書くとピンと来るひともいるかもしれない。そう、黒田清率いる「黒田軍団」が活躍した当時の社会部記者で、黒田清がはじめた長期連載「新聞記者が語り継ぐ戦争」の二代目デスクがこの田村氏。「新聞記者が…」は単行本化もされており(読売新聞社刊)、そのうち2冊、『16 中国慰霊』と『17 中国侵略』を古書店で見つけて持っているのだが、昨年話題になった読売新聞の『検証 戦争責任』シリーズよりもはるかに踏み込んだ内容である。参戦将兵から女性や老人、子どもを含む農民を虐殺したエピソード、農家を上手に燃やす「コツ」、拷問…などを聞き取っている。ある元兵士のことば。
「突撃して勝ったとき何をするかと言えば、どろぼうするか女をやるしかねえんじゃもん、われわれ二十や二十一の者には。突撃する、女をやれる、どろぼうできる……。何が天皇陛下万歳じゃ。それが事実じゃもん。それが、わしらの青春じゃったんだもん……。」
(『17 中国侵略』、126ページ、原文のルビを省略)
黒田清が大阪読売を去った後も定年まで勤め、社会部長にもなっているから、もともと思想的には保守・右派的な人なのかもしれないが、それにしたってこうした取材経験を持ち、本書でも旧軍の問題点をきちんと見据えることができているわけである。にもかかわらず、「若者」が「太平洋戦争の経過に疎い」のが「自虐教育」のせいだといった驚くほど的外れなことを書いてしまう…というのはいったい何なんだろうか。これじゃ「郵便ポストが赤いのも日教組のせい」レベルだよ。この本を副読本にして授業をする教師がいたら苦情言ってくるのは絶対右派ですよ。公教育で現代史がきちんと教えられていない…というのはもうずっと前から言われていることだけど、その最大の要因は何かといえば「近現代史に重点をおかず、古代からの通史スタイルをとっている」ことだろう。
どうも自らのイデオロギーに無自覚なあまり、怒りの向けどころを間違ってるんじゃないか? と思わせる記述は他にもある。戦死した婚約者の名前を、生還者が作成した戦史の戦没者名簿に見つけて喜ぶ女性(「ビアク島で戦死した、と言うだけで、どこにも、なぁーんにも残っていないんじゃあ、あまりにかわいそうだと思ってましたから」)について。
この情景を「戦後は、もう終わった」「いつまで五十何年も前の戦争のことを言っているんだ」と、冷ややかに、また事もなげに言う人々に見せてやりたい。
(79ページ)
いったいこの社会で「いつまで五十何年も前の戦争のことを言っているんだ」と、「冷ややかに、また事もなげに」言い放っているのはどういう勢力なのか、きちんと現実に向き合ってほしいものである。