井上靖・中国行軍日記

以前にこのエントリで紹介した記事で報じられている小説家・井上靖の従軍日記が『新潮』12月号に「中国行軍日記」と題して掲載されています。
井上靖の本籍地(と思われる)静岡が名古屋の第三師管区に属しており、時期的にも日中戦争最初期であるためいろいろと想像をたくましくしたのですが、日記に続いて掲載された解説によれば井上靖は野砲兵第三連隊の補充兵として召集され、第四兵站輜重兵中隊第二小隊に特務兵として所属していたとのことです。野砲兵第三連隊の本隊は当然第三師団の隷下で華中戦線にいたわけですが、補充部隊は華北の第一軍直轄の兵站部隊として派遣されたのではないかと思います(この時期を扱った『戦史叢書 支那事変陸軍作戦〈1〉』は私蔵しているので該当しそうなところをざっと眺めてみたのですが現時点では裏はとれていません)。
内容的には、なにぶん兵站部隊ですので“華々しい”戦闘体験などはなく、自身の体調や食べ物に対する強い関心が目につきます(略奪に関する記述は例によっていくつもみられます)。それ以前に2度召集された体験があるためか(もっとも、最初の応召では骨折が判明して直ちに除隊になったそうですが)さほどひどい扱いは受けなかった、むしろ厚遇されたといっても過言ではなかったようですが、体調不良のためもあって主観的にはかなりつらい行軍(北京〜石家荘)だったようです。最前線ばかりが戦争ではないわけで、ある意味では中年にさしかかった(当時30歳)“普通の市民”の“普通の戦場体験”の一つの典型をうかがうことができるのかもしれません。
なお、同じく解説によれば井上靖の小説においてモチーフにされたとおぼしき実体験も記述されているとのことですので、小説家・井上靖のファンであるという方には一読されることをお勧めします。