古森義久氏の自爆芸

どうせ都合のいいところだけつまみ食いしているに決まっているので、ジェニファー・リンド氏の論文にあたってみました。
https://www.foreignaffairs.com/articles/japan/2009-05-01/perils-apology
こちら↑で Jennifer Lind, "The Perils of Apology: What Japan Shouldn't Learn from Germany", Foreign Affairs, Vol. 88, No. 3 (May/June 2009) を閲覧することができます。また、ほぼ同じ主旨のコラム朝日新聞グローブですでに紹介されています。
一読して明らかなように、リンド氏が日本政府による謝罪を不毛 counterproductive としている理由は、決して「今の日本国民がなぜ日韓併合の責任を問われるのだろう」だとか「日本の朝鮮半島の領有は、当時の国際的な条約や規範に沿って実行されたもの」などといったものではありません。論文中では著者は朝鮮半島及び満洲の植民地化、南京大虐殺、従軍「慰安婦」制度、三光作戦731部隊、戦時徴用などの歴史に言及しています。
また、リンド氏は「アデナウアーモデル」をそれ自体として好ましいものと考えているわけではありません("To be sure, the latter German model has much to recommend it.")。日本においては、60年代後半以降に(西)ドイツが行なってきたような取組みがバックラッシュを引き起こすという理由で、「より安全な」方法として薦められているに過ぎないのです。著者はそうしたバックラッシュが「否定論産業 denial industry」(歴史家 Alexis Dudden のことば)を生み出しているとしていますが、さしずめ古森氏はそこから利益を得ている代表的なメディア人の一人だ、と言えるでしょう。


古森氏がスルーしているリンド氏の主張のキモは次の部分です。アデナウアーモデルは過去に直面するやり方としては中途半端なものに過ぎませんが、同時に当時のドイツの主だった指導者たちが決してドイツの蛮行やドイツによる侵略を擁護したり否認したりはしなかった、とも指摘しています("During Adenauer’s tenure, no prominent West German leader defended or denied German atrocities or aggression.")。したがって、日本が「アデナウアーモデル」を採用する場合には、次のようなことが必要である、とリンド氏は言っています(強調はいずれも引用者)。

If it wants to repair its relations with its neighbors, Japan should draw on the Adenauer model and acknowledge its past violence while focusing on the future. Meanwhile, Japanese leaders should abstain, as they have recently, from visiting the controversial Yasukuni Shrine. As many Japanese moderates have already proposed, veterans could be hon- ored at a new, secular memorial, or national ceremonies could be held at the Chidorigafuchi National Cemetery, Japan’s tomb of the unknown soldier, which then Prime Minister Yasuo Fukuda visited last year.

If some prominent Japanese leaders do deny or glorify past violence, their party’s leadership should respond with dismissals or other reprimands. Tokyo must establish and defend its own boundaries for what is an acceptable discussion about the past. It must make impermissible what the human rights scholar Michael Ignatiea has called “permissible lies”―such as the lies about Japan’s atrocities that for the past 60 years have hamstrung its foreign relations. If Japan’s leaders and its people continue to tolerate such lies, the world will conclude that the country has not renounced the methods of its imperial era― invasions, massacres, mass rape, and colonization―as tools of statecraft in the twenty-first century.

政治指導者による靖国参拝は控え、非宗教的な戦没者慰霊に切り替えること。過去の暴力を否認したり賛美したりする政治家は厳しく非難されねばならないこと。日本の過去にまつわる議論について「これ以上は容認できない」という境界線を設けること。日本軍の戦争犯罪に関する嘘を政治家や市民が許容しないこと。
つまり先の菅談話に疑義を呈した国会議員、特に与党議員がきちんと批判されねばならず(場合によっては除名や辞職勧告まで選択肢に含めて)、閣僚の靖国参拝を見送った菅内閣の方針は最低限のものとして今後も踏襲されねばならず、南京事件否定論者の国会議員などを国民は許してはならないし、品位あるメディアと自負する媒体には植民地支配肯定論や南京事件否定論者、従軍「慰安婦」制度についての「商行為」論、三光作戦否定論などを登場させない、といったことも必要になるでしょう。古森氏が『WiLL』に寄稿するくらいのことはリンド氏も大目にみてくれると思いますが。「植民地支配は合法的だった」だの「南京事件なんてなかった」だのと言い張る国会議員を放置しておきながら「いつまで謝れ、ちゅうねん」とふんぞり返る……なんて態度にお墨付きを与えてくれてるわけじゃないんですな、リンド氏は。
この提案はいうまでもなく日本の左派に大きな妥協を要求するものですが、その実現の可能性を左右する最大の要因はむしろ、果たして日本の保守派及び中道がリンド氏の期待に答えることができるかどうか? でしょう。最近の経験に照らせば非常に疑問ですが。