ETV特集「アメリカと被爆者」

日本の右派のイデオロギーからすれば「自虐」的な活動をした/していることになるはずの、2人のアメリカ人を紹介するシリーズ。実際、2人に対するアメリカ社会の反応には私たちにもおなじみのものが見られる。例えば長崎の被爆者5人の障害をつづった NAGASAKI: Life After Nuclear War を書いたスーザン・サザードさんのもとには好意的な感想に混じって「ハワイには行ったのか?」「奇襲の被害の跡は見たのか?」といったメールが送られてくる。シュモーさんの働きかけで整備されたシアトルのピース・パークには広島の被爆者、佐々木禎子さんをモデルにした像が設置されているが、この像は2度にわたって破壊行為の被害を受けた。


修復された貞子像にはいまも地元の子どもが折った折り鶴が捧げられているという。

この貞子像への破壊行為を連想させる事件が起こった。当ブログの読者の方ならご存知、「論破プロジェクト」の藤井実彦が台湾の慰安婦像を蹴るという侮辱行為を働いたというのだ。
https://udn.com/news/story/6656/3358195
むろん、日本の右翼の言い草は簡単に想像できる。「原爆の被害は真実だが、慰安婦問題は捏造だ」 しかし貞子像を破壊した人間――まず間違いなくアメリカ人――もこういうだろう。「原爆は戦争を早期に集結させ多くの人命を救った。原爆投下が非人道的な行為だというのは捏造だ」と。つまりここに見られるのは「国境を超えた歴史」と「国境に制約された歴史」の対立なのだ。

『読売新聞』の限界を露呈した「陰謀論」対談

『読売新聞』の2018年8月20日朝刊に「「陰謀論』蔓延 ゆがむ歴史」と題した細谷雄一×呉座勇一のゆういち対談が掲載されていました。細谷氏が「どちらかといえば、保守の側にアカデミックなトレーニングを受けた歴史家が少ない。一方でそれを求める読者は多く、アマチュアの書物があふれているのが問題です」と指摘している点は、細谷氏の政治的な位置を考えればフェアな評価と言えるでしょう。しかし細谷氏が「特に気になります」としているのは近著『自主独立とは何か』(新潮選書)でもとりあげた「対米従属批判」系陰謀論とのことで、対談中で触れている具体例もその系統のものだけです。専門が国際政治学だから彼自身の問題意識としてその種の陰謀論に関心を持つこと自体はおかしくないのでしょうが、しかしいまの日本の社会情勢として陰謀論の蔓延を危惧するのであれば、おそらく記者によってまとめられた「主な陰謀論・陰謀説」リストにもあがっている「コミンテルン陰謀論」を杉田水脈衆議院議員が主張していることに触れないのはおかしいでしょう。「生産性」発言で悪名を轟かせたばかりでもあり、かつ安倍首相のひきで自民党に鞍替えしたという権力中枢との近さ、もあります。
またこのリストのなかに「田中上奏文」が入っている点も、日本の右派における陰謀論蔓延を相対化したいという欲求を感じてしまいます。日本国内ではまったくと言ってよいほど影響力のない説で、かつ中国においても克服されつつある*1もの。「左」の陰謀説をとりあげたければむしろ「ムサシ」の方が有害さの度合いは高いでしょう。
対談の趣旨自体は時宜にかなったものながら、しょせん『読売新聞』、いま一番危ないところには触れることができていませんでした。

*1:「日中歴史共同研究」の中国側報告書でも注で言及されているだけで、これを明確に真正な文書とする立場はとっていない。

2018夏、戦争関連番組についての雑感

731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験〜」が放送された昨年夏に比べれば、全体としてまた被害体験に偏したという印象は否めません。まあ昨夏とて「731部隊の真実」以外に加害の側面をしっかりとりあげた番組があったか、といえば大してないわけですが。
そのなかで ETV特集「隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜」は、あくまで戦争神経症の背景としての扱いではあったものの、華北での残虐行為の蔓延を示唆する内容になっており、ツイッターなど見ていてもこの夏一番反響が大きい番組だったように感じます。番組に登場した清水寛さんらの研究については過去にこのブログでも言及したことがありました。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070303/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070324/p1
他には NHK スペシャルの「祖父が見た戦場〜ルソン島の戦い 20万人の最期〜」が日本軍による民間人虐殺に少し触れていましたが、2007年放送の「マニラ市街戦〜死者12万焦土への1ヶ月〜」には及びませんでした。「父を捜して〜日系オランダ人 終わらない戦争〜」も果たされてこなかった戦後責任に関わる内容でしたが、これは昨年 BS1 で放送されていたものです。


「加害」の側面に限定せずに評価するなら、「“駅の子”の闘い 〜語り始めた戦争孤児〜」、NHKスペシャ「広島 残された問い〜被爆二世たちの戦後〜」はよかったと思います。また NHK の場合、「バリバラ」や「ハートネットTV」などの枠で戦時におけるマイノリティの問題をとりあげるのも貴重な企画だと思います。


民放ではやはり NNNドキュメント'18 の「「ただいま」と言えない...〜原爆供養塔に眠る814人〜 」が地味ながら大切なテーマをとりあげていたと思います。他方、ひどかったのが朝日放送系列の「ザ・スクープ」です。8月12日放送の「ザ・スクープスペシャル 終戦企画 真珠湾攻撃77年目の真実 ルーズベルトは知っていた!?〜日米ソの壮絶“スパイ戦争”〜」は、そのタイトルだけで志の低さがわかります。真珠湾攻撃に先立つ特殊潜航艇の撃沈――とはいってもそれはすでにマレー上陸作戦が始まったあとのことですが――をいまさら新発見であるかのごとくとりあげるなど、ドキュメンタリーというよりバラエティ番組の水準です。「ルーズベルト研究が専門」というテロップと共に登場させたダニエル・マルティネス氏があたかもルーズベルト陰謀説を肯定しているかのように編集していましたが、陰謀説に対するマルチネス氏の見解はこちらで紹介されている通りです。始まって十数秒で「あっ、こりゃだめだ」と直感しましたが、最後まで見てもやはりだめでした。

「美しき海の墓場トラック島〜戦時徴用船の悲劇〜」

731部隊をNスペでとりあげた昨年に比べるとまた被害体験偏重かなという印象が否めない今夏のNHKの戦争番組ですが、それでも日本政府、日本軍の責任には触れているものの一つがこれということになりそうです。関連する番組として、8月13日(月)にNHK総合で放送予定の「NHKスペシャル 船乗りたちの戦争 〜海に消えた6万人の命〜」があります。また「戦争証言アーカイブス」では「証言記録 兵士たちの戦争]トラック諸島 消えた連合艦隊」が閲覧可能です。


この番組の直接の主題ではありませんが、視聴しながら考えていたのは戦争が自然環境に与えたダメージです。沈没した船舶から流出した重油、海底に遺棄された砲弾、飛行場建設のために埋め立てられたサンゴ礁辺野古が重なります)……。人命の被害に比べて戦場となった地域の経済的な被害はあまり意識されていませんが、自然環境への打撃も相当なものだったと思われます。

「マルキの闇」

ふつうなら警察に関する話題はもう一つの「本館」の方で扱うのですが、これはこちらで書いておくことにします(その理由は、お読みいただければおわかりいただけることと思います)。

2015年秋、兵庫県警機動隊の若き警察官2人が相次いで自殺した。幼い頃からの夢を叶え、警察官の仕事に誇りを抱いていた2人。木戸大地巡査は、遺書に先輩隊員からのパワハラを示唆する内容を綴っていた。なぜ自ら死を選んだのか―警察組織を相手に立ち上がった木戸巡査の父親。しかし、警察が開示したのは、真っ黒に塗りつぶされた調査報告書だった。黒塗りの奥には何が隠されているのか。父の執念の闘いを通して真相に迫る。
http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-97.html

番組中に、警察OBが次のようなコメントをする場面があります。

状況によっては自分の身を危険にさらしてどこかに行かなければならない。その際に個々の機動隊員が“これでいいのだろうか”と思って行動しなかったら、これはもはや機動隊としての任務を果たせませんよね? それだけ厳しい指導をしなきゃいけないわけですから。そういう意味でパワハラ的な、と受け取られかねないことは、それは多い。したがって、それが行き過ぎてしまうことも、一般のものに比べれば多いんだろう、そんなふうに思います。

“解説”のかたちをとった機動隊擁護です。パワハラ「的」とか「受け取られかねない」などと、あたかもパワハラ被害者の認知の問題であるかのように表現しているところなどにそれが現れています。取材で話した内容の一部しか番組では用いられないという点に(毎度のことながら)注意が必要とはいえ、明らかに問題のあるコメントです。
まず実力組織の構成員が無批判に命令に従うことは、市民社会にとっての脅威となります。不法・不当な命令に唯々諾々と従ってはならない……というのは、数千万人の命と引き換えに人類が第二次世界大戦から学んだことであるはずです。
また、実力組織がその末端の構成員に無批判な服従を要求することは、地位の低い構成員にさまざまな不利益をもたらすことがあります。BC級戦犯裁判でも「上」の責任が「下」に転嫁された事例はありました。


軍隊や警察といった組織が、相対的にいえば「命令の忠実な実行」を要求されること自体は当然ではあるでしょう。「下剋上」がなにをもたらすか……というのもまたアジア・太平洋戦争の教訓ですし。しかしだからこそ、上司上官は「厳しい指導」が「パワハラ」の口実と堕していないかどうかを常に自らに問うべきであり、他の組織以上にその義務は重いということになるはずです。

7月7日報道予備調査

朝日新聞のデータベース「聞蔵IIビジュアル」を用いて、7月7日および8日の紙面に掲載された「盧溝橋事件」という単語を含む記事について、「盧溝橋事件から○年目」の節目の年を対象に予備的な調査をしてみました。8日を対象に含めたのは、7日に行われたイベント、行事についての記事が掲載されている可能性があるからです。1984年以前の記事は全文検索ができませんが、「盧溝橋事件」ほどキーワードとしてメジャーそうなものならさほど取りこぼしはないものと思います。


・2017年 「中国初の空母、香港到着」「日本総領事館前、香港にも少女像 日本は撤去申し入れ」「盧溝橋事件80年、式典は控えめに」の計3件。論外ですね。


・2007年 「反戦僧、10月に復権 侵略批判し処分、岐阜の故竹中さん 真宗大谷派【名古屋】」「盧溝橋事件70年、香港で抗議活動」「(社説)盧溝橋事件70年 もう一歩、踏み出す勇気を」「侵略批判で処分の僧侶を名誉回復 京都・東本願寺、秋に盧溝橋事件70年【大阪】」「盧溝橋事件70年、各地で行事 中国、反日抑制に腐心 正常化35年、強調」の計5本(他にインデックスで言及あり)。社説で扱っているのは他の年よりマシとは言えますが、南京大虐殺に触れて「犠牲者数について中国は30万人と主張するが、いくら何でも多すぎないか」などとする腰の引けっぷりなので、とうてい手放しでは褒められません。


・1997年 「元日本兵撮影の写真、中国へ 小竹町の武富登巳男さん【西部】」「警戒呼びかけ 盧溝橋事件60周年を前に新華社が論評」「盧溝橋事件から60年 中国に「対日現実論」登場」「抗日戦争記念館の拡張祝う、行事は控えめ 盧溝橋事件60周年 中国」「香港や台湾で対日抗議行動 盧溝橋事件60周年で」の計5本。中国の反応を伺うばかりの、どうしようもない報道姿勢です。


・1987年 「「南京大虐殺」を見た 蘆溝橋事件50周年に元兵士3人が証言」「生体解剖7回も 元軍医、つらい思い告白 蘆溝橋事件50周年」「憲法9条も展示 抗日戦争記念館が落成 蘆溝橋50周年」「人民日報、条約順守し友好発展呼びかける 蘆溝橋事件50周年」「北京の記念集会で光華寮の重要性を訴え 蘆溝橋50周年」「「蘆溝橋50年、日本をどう見る」 中国の大学入試で論文出題」「日中戦争、死者2000万人超す推計 京都のシンポで中国発表」「日中友好目指して蘆溝橋50周年集会」の計8件。なんといっても目につくのは、「蘆溝橋」という誤った表記が使われていることです。50年経ってもアジア・太平洋戦争の節目と関わる地名が正しく表記されていなかったことに、関心の希薄さを感じずにはいられません。また件数も他の年より多く、日本軍の加害に触れた記事も2本あるとはいえ、日中戦争全体を主体的に総括しようとする記事は一つもありません。


・1977年 「不戦アピール発表 蘆溝橋事件40周年で文化人 日中戦争の資料も保存」の1件。日中国交回復から初の“節目の7・7”でこれ、というのはちょっと信じられない話です。


・1967年 「(社説)あれから30年」「蘆溝橋事件で記念社説 人民日報」「「蘆溝橋事件」から30年〈下〉 守れ国交上の三原則 犠牲無駄にせぬために」の計3件。3つ目は歴史学者の臼井勝美氏の寄稿です。前日の6日(夕刊)に劇作家の青江舜二郎氏による「「蘆溝橋事件」から30年〈上〉 心配なアジアの命運 少尉で北支の第一線へ」が掲載されています。

・1957年 なし。


なお1985年以降の記事についていえば、「盧溝橋事件」を含むものが624件、「光州事件」を含むものが809件、「天安門事件」が4517件、「拉致問題」が9480件でした。

2018年の7月7日

昨日は盧溝橋事件から81年目となる7月7日でした。グーグルのニュース検索結果は次の通りです。

非主流メディアであるレイバーネットを除けば、盧溝橋事件を主体的にとりあげたものはありません。日本のメディアが気にするのは“中国が反日かどうか”だけのようです。