海自に甘かった戦後日本社会

あたりまえのことですが、問題の本質は「旭日旗」によって旧日本海軍との連続性を誇示してきた海上自衛隊の体質にあります。護衛艦の艦名がしばしば旧軍艦艇を踏襲しているのも同じ体質の現れです。
どちらも、決して今回はじめて明らかになったことではありません。護衛艦命名法や旭日旗の使用について問題視する声がなかったわけではありませんが、ことの重大さに見合ったものとは言いがたかったように思います。
一つには、9条2項の厳格な運用を求める立場からすれば自衛隊の存在自体が問題なのであり、旧軍との連続性云々は二次的な問題に過ぎない、という発想があったのかもしれません。しかしもう一つ、いわゆる「海軍善玉史観」の影響も否定出来ないように思います。しかし実証研究の進展や当事者たちの証言により海軍の責任が再考されている現在、戦後の日本がなんとなく海自に甘かったのではないか? ということも検証されねばならないかもしれません。

第十一回「真の近現代史観」懸賞論文、結果発表

昨日10月10日付で、アパの第十一回「真の近現代史観」懸賞論文受賞作と、新たにつくられたアパ日本再興大賞のノミネート作品が発表されました。後者は賞金が1,000万という大盤振る舞いです。
「真の近現代史観」の最優秀賞は「文明工学研究家」という“独自研究”臭ぷんぷんの肩書を持つ草間洋一氏の「近世日本のダイナミズム―日本文明を再考する―」、学生部門の優秀賞が『「選択と集中」から「分散と底上げ」へ –富饒な大国日本を再興するために』で、どうも「アパ日本再興大賞」を盛り上げるべく選ばれた感があります。他方、「いまさら?」という感があるのが社会人部門で優秀賞を受賞した高橋史朗(「WGIPの源流と後遺症」)です。その他松木國俊松原仁といったおなじみのメンバーがお小遣いをもらっています。
アパ日本再興大賞のノミネートは元日本会議専従の江崎道朗、いま話題の小川榮太郎、そして「真の近現代史観」最優秀賞受賞歴のある高田純、の3人です。本命はやはり江崎でしょうか。大学にポストを持つ高田はともかく、あとの二人にとって1,000万というのは相当にありがたい賞金額でしょう。

朝日新聞「節目の9月18日」の報道

今年の9月18日も日本のマスコミは中国の記念式典を取り上げる記事ばかりでした。朝日新聞も「高官出席せず、対日関係重視か 中国で柳条湖事件の式典」という見出しだけで読むに値しないことがわかってしまいます。
さて、『朝日新聞』が「自虐」的な報道を繰り返してきたのかどうか、節目の年の9月18日、19日の記事を調べてみました。検索語は「満洲事変or満州事変or柳条湖事件」です。
・2016年
2016年09月19日 朝刊 「柳条湖事件85年、厳戒態勢で式典」
これだけです。


・2011年
2011年09月18日 朝刊 山梨全県 「日中関係、直視する機会に きょう満州事変80年 秋に企画展開催 甲府 /山梨県
2011年09月19日 朝刊 青森全県 「溥儀の忠臣に新たな光 板柳町出身・工藤忠の資料館開設や書籍発刊 /青森県
2011年09月19日 朝刊 北九 「撮影の戦跡紹介、保存訴える講演 写真家・安島さん /福岡県」
2011年09月19日 朝刊 「中国式典、反日封じる 日の丸燃やす若者も 柳条湖事件80年」
地方版の記事3つを除けば、やはり中国側の反応を伝える記事だけです。


・2001年
2001年09月18日 朝刊 北海道1 「中国侵略巡りきょう勉強会 札幌郷土を掘る会など主催 /北海道」
2001年09月18日 夕刊 忘れるなかれ(窓・論説委員室から)
2001年09月19日 朝刊 「忘れない、満州事変 中国各地で70周年行事」
2001年09月19日 朝刊 北海道1 「まちかど212 /北海道」
かろうじて18日の夕刊に「忘れるなかれ」と題するコラムが載ってますが、翌日の朝刊全国版の記事はまたしても中国側の動きについてのもの。


・1991年
1991年09月18日 夕刊 「ラジオ臨時ニュース第1号 プロイセン軍、パリ包囲を開始(あすは)」
1991年09月19日 朝刊 「満州事変60周年 中国・瀋陽で国際討論会」
18日夕刊のは記事とも言えませんから、この年も中国で開かれた討論会を伝えただけです。


・1981年
1981年9月18日 朝刊 「軍国主義的動き警戒 満州事変50周年で文化人らアピール_戦争関係」
ここからは全文検索ではないことに注意する必要がありますが、50年目の節目の年にこれだけです。


・1971年
1971年9月18日 朝刊 「「“満州事変”のころ生れた人の会」の 無着成恭_ひと」
1971年9月18日 朝刊 「天声人語
1971年9月19日 朝刊 「「日米」冷却を重視 日中好転の可能性示唆 満州事変40周年で人民日報」
国交回復前ですが、コラム2本を除くとやはり中国の反応を伝える記事だけ、というありさま。


・1961年、1956年、51年はキーワード検索でヒットする記事はすべてゼロ、です。


もちろん「○○周年」という節目とは無関係に執筆/掲載された記事は他にあるわけですが、右翼が言うように『朝日新聞』が「自虐」キャンペーンなど行っていたのであれば上記の日付はいずれもそういう記事で溢れているはずです。しかし実態はこれ。右翼は『朝日』のどこに文句があるのでしょうか?
なお、7月7日についての同様な簡易調査の結果はこちらです。

ETV特集「アメリカと被爆者」

日本の右派のイデオロギーからすれば「自虐」的な活動をした/していることになるはずの、2人のアメリカ人を紹介するシリーズ。実際、2人に対するアメリカ社会の反応には私たちにもおなじみのものが見られる。例えば長崎の被爆者5人の障害をつづった NAGASAKI: Life After Nuclear War を書いたスーザン・サザードさんのもとには好意的な感想に混じって「ハワイには行ったのか?」「奇襲の被害の跡は見たのか?」といったメールが送られてくる。シュモーさんの働きかけで整備されたシアトルのピース・パークには広島の被爆者、佐々木禎子さんをモデルにした像が設置されているが、この像は2度にわたって破壊行為の被害を受けた。


修復された貞子像にはいまも地元の子どもが折った折り鶴が捧げられているという。

この貞子像への破壊行為を連想させる事件が起こった。当ブログの読者の方ならご存知、「論破プロジェクト」の藤井実彦が台湾の慰安婦像を蹴るという侮辱行為を働いたというのだ。
https://udn.com/news/story/6656/3358195
むろん、日本の右翼の言い草は簡単に想像できる。「原爆の被害は真実だが、慰安婦問題は捏造だ」 しかし貞子像を破壊した人間――まず間違いなくアメリカ人――もこういうだろう。「原爆は戦争を早期に集結させ多くの人命を救った。原爆投下が非人道的な行為だというのは捏造だ」と。つまりここに見られるのは「国境を超えた歴史」と「国境に制約された歴史」の対立なのだ。

『読売新聞』の限界を露呈した「陰謀論」対談

『読売新聞』の2018年8月20日朝刊に「「陰謀論』蔓延 ゆがむ歴史」と題した細谷雄一×呉座勇一のゆういち対談が掲載されていました。細谷氏が「どちらかといえば、保守の側にアカデミックなトレーニングを受けた歴史家が少ない。一方でそれを求める読者は多く、アマチュアの書物があふれているのが問題です」と指摘している点は、細谷氏の政治的な位置を考えればフェアな評価と言えるでしょう。しかし細谷氏が「特に気になります」としているのは近著『自主独立とは何か』(新潮選書)でもとりあげた「対米従属批判」系陰謀論とのことで、対談中で触れている具体例もその系統のものだけです。専門が国際政治学だから彼自身の問題意識としてその種の陰謀論に関心を持つこと自体はおかしくないのでしょうが、しかしいまの日本の社会情勢として陰謀論の蔓延を危惧するのであれば、おそらく記者によってまとめられた「主な陰謀論・陰謀説」リストにもあがっている「コミンテルン陰謀論」を杉田水脈衆議院議員が主張していることに触れないのはおかしいでしょう。「生産性」発言で悪名を轟かせたばかりでもあり、かつ安倍首相のひきで自民党に鞍替えしたという権力中枢との近さ、もあります。
またこのリストのなかに「田中上奏文」が入っている点も、日本の右派における陰謀論蔓延を相対化したいという欲求を感じてしまいます。日本国内ではまったくと言ってよいほど影響力のない説で、かつ中国においても克服されつつある*1もの。「左」の陰謀説をとりあげたければむしろ「ムサシ」の方が有害さの度合いは高いでしょう。
対談の趣旨自体は時宜にかなったものながら、しょせん『読売新聞』、いま一番危ないところには触れることができていませんでした。

*1:「日中歴史共同研究」の中国側報告書でも注で言及されているだけで、これを明確に真正な文書とする立場はとっていない。

2018夏、戦争関連番組についての雑感

731部隊の真実〜エリート医学者と人体実験〜」が放送された昨年夏に比べれば、全体としてまた被害体験に偏したという印象は否めません。まあ昨夏とて「731部隊の真実」以外に加害の側面をしっかりとりあげた番組があったか、といえば大してないわけですが。
そのなかで ETV特集「隠されたトラウマ〜精神障害兵士8000人の記録〜」は、あくまで戦争神経症の背景としての扱いではあったものの、華北での残虐行為の蔓延を示唆する内容になっており、ツイッターなど見ていてもこの夏一番反響が大きい番組だったように感じます。番組に登場した清水寛さんらの研究については過去にこのブログでも言及したことがありました。
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070303/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070324/p1
他には NHK スペシャルの「祖父が見た戦場〜ルソン島の戦い 20万人の最期〜」が日本軍による民間人虐殺に少し触れていましたが、2007年放送の「マニラ市街戦〜死者12万焦土への1ヶ月〜」には及びませんでした。「父を捜して〜日系オランダ人 終わらない戦争〜」も果たされてこなかった戦後責任に関わる内容でしたが、これは昨年 BS1 で放送されていたものです。


「加害」の側面に限定せずに評価するなら、「“駅の子”の闘い 〜語り始めた戦争孤児〜」、NHKスペシャ「広島 残された問い〜被爆二世たちの戦後〜」はよかったと思います。また NHK の場合、「バリバラ」や「ハートネットTV」などの枠で戦時におけるマイノリティの問題をとりあげるのも貴重な企画だと思います。


民放ではやはり NNNドキュメント'18 の「「ただいま」と言えない...〜原爆供養塔に眠る814人〜 」が地味ながら大切なテーマをとりあげていたと思います。他方、ひどかったのが朝日放送系列の「ザ・スクープ」です。8月12日放送の「ザ・スクープスペシャル 終戦企画 真珠湾攻撃77年目の真実 ルーズベルトは知っていた!?〜日米ソの壮絶“スパイ戦争”〜」は、そのタイトルだけで志の低さがわかります。真珠湾攻撃に先立つ特殊潜航艇の撃沈――とはいってもそれはすでにマレー上陸作戦が始まったあとのことですが――をいまさら新発見であるかのごとくとりあげるなど、ドキュメンタリーというよりバラエティ番組の水準です。「ルーズベルト研究が専門」というテロップと共に登場させたダニエル・マルティネス氏があたかもルーズベルト陰謀説を肯定しているかのように編集していましたが、陰謀説に対するマルチネス氏の見解はこちらで紹介されている通りです。始まって十数秒で「あっ、こりゃだめだ」と直感しましたが、最後まで見てもやはりだめでした。

「美しき海の墓場トラック島〜戦時徴用船の悲劇〜」

731部隊をNスペでとりあげた昨年に比べるとまた被害体験偏重かなという印象が否めない今夏のNHKの戦争番組ですが、それでも日本政府、日本軍の責任には触れているものの一つがこれということになりそうです。関連する番組として、8月13日(月)にNHK総合で放送予定の「NHKスペシャル 船乗りたちの戦争 〜海に消えた6万人の命〜」があります。また「戦争証言アーカイブス」では「証言記録 兵士たちの戦争]トラック諸島 消えた連合艦隊」が閲覧可能です。


この番組の直接の主題ではありませんが、視聴しながら考えていたのは戦争が自然環境に与えたダメージです。沈没した船舶から流出した重油、海底に遺棄された砲弾、飛行場建設のために埋め立てられたサンゴ礁辺野古が重なります)……。人命の被害に比べて戦場となった地域の経済的な被害はあまり意識されていませんが、自然環境への打撃も相当なものだったと思われます。