「マルキの闇」

ふつうなら警察に関する話題はもう一つの「本館」の方で扱うのですが、これはこちらで書いておくことにします(その理由は、お読みいただければおわかりいただけることと思います)。

2015年秋、兵庫県警機動隊の若き警察官2人が相次いで自殺した。幼い頃からの夢を叶え、警察官の仕事に誇りを抱いていた2人。木戸大地巡査は、遺書に先輩隊員からのパワハラを示唆する内容を綴っていた。なぜ自ら死を選んだのか―警察組織を相手に立ち上がった木戸巡査の父親。しかし、警察が開示したのは、真っ黒に塗りつぶされた調査報告書だった。黒塗りの奥には何が隠されているのか。父の執念の闘いを通して真相に迫る。
http://www.ntv.co.jp/document/backnumber/archive/post-97.html

番組中に、警察OBが次のようなコメントをする場面があります。

状況によっては自分の身を危険にさらしてどこかに行かなければならない。その際に個々の機動隊員が“これでいいのだろうか”と思って行動しなかったら、これはもはや機動隊としての任務を果たせませんよね? それだけ厳しい指導をしなきゃいけないわけですから。そういう意味でパワハラ的な、と受け取られかねないことは、それは多い。したがって、それが行き過ぎてしまうことも、一般のものに比べれば多いんだろう、そんなふうに思います。

“解説”のかたちをとった機動隊擁護です。パワハラ「的」とか「受け取られかねない」などと、あたかもパワハラ被害者の認知の問題であるかのように表現しているところなどにそれが現れています。取材で話した内容の一部しか番組では用いられないという点に(毎度のことながら)注意が必要とはいえ、明らかに問題のあるコメントです。
まず実力組織の構成員が無批判に命令に従うことは、市民社会にとっての脅威となります。不法・不当な命令に唯々諾々と従ってはならない……というのは、数千万人の命と引き換えに人類が第二次世界大戦から学んだことであるはずです。
また、実力組織がその末端の構成員に無批判な服従を要求することは、地位の低い構成員にさまざまな不利益をもたらすことがあります。BC級戦犯裁判でも「上」の責任が「下」に転嫁された事例はありました。


軍隊や警察といった組織が、相対的にいえば「命令の忠実な実行」を要求されること自体は当然ではあるでしょう。「下剋上」がなにをもたらすか……というのもまたアジア・太平洋戦争の教訓ですし。しかしだからこそ、上司上官は「厳しい指導」が「パワハラ」の口実と堕していないかどうかを常に自らに問うべきであり、他の組織以上にその義務は重いということになるはずです。

7月7日報道予備調査

朝日新聞のデータベース「聞蔵IIビジュアル」を用いて、7月7日および8日の紙面に掲載された「盧溝橋事件」という単語を含む記事について、「盧溝橋事件から○年目」の節目の年を対象に予備的な調査をしてみました。8日を対象に含めたのは、7日に行われたイベント、行事についての記事が掲載されている可能性があるからです。1984年以前の記事は全文検索ができませんが、「盧溝橋事件」ほどキーワードとしてメジャーそうなものならさほど取りこぼしはないものと思います。


・2017年 「中国初の空母、香港到着」「日本総領事館前、香港にも少女像 日本は撤去申し入れ」「盧溝橋事件80年、式典は控えめに」の計3件。論外ですね。


・2007年 「反戦僧、10月に復権 侵略批判し処分、岐阜の故竹中さん 真宗大谷派【名古屋】」「盧溝橋事件70年、香港で抗議活動」「(社説)盧溝橋事件70年 もう一歩、踏み出す勇気を」「侵略批判で処分の僧侶を名誉回復 京都・東本願寺、秋に盧溝橋事件70年【大阪】」「盧溝橋事件70年、各地で行事 中国、反日抑制に腐心 正常化35年、強調」の計5本(他にインデックスで言及あり)。社説で扱っているのは他の年よりマシとは言えますが、南京大虐殺に触れて「犠牲者数について中国は30万人と主張するが、いくら何でも多すぎないか」などとする腰の引けっぷりなので、とうてい手放しでは褒められません。


・1997年 「元日本兵撮影の写真、中国へ 小竹町の武富登巳男さん【西部】」「警戒呼びかけ 盧溝橋事件60周年を前に新華社が論評」「盧溝橋事件から60年 中国に「対日現実論」登場」「抗日戦争記念館の拡張祝う、行事は控えめ 盧溝橋事件60周年 中国」「香港や台湾で対日抗議行動 盧溝橋事件60周年で」の計5本。中国の反応を伺うばかりの、どうしようもない報道姿勢です。


・1987年 「「南京大虐殺」を見た 蘆溝橋事件50周年に元兵士3人が証言」「生体解剖7回も 元軍医、つらい思い告白 蘆溝橋事件50周年」「憲法9条も展示 抗日戦争記念館が落成 蘆溝橋50周年」「人民日報、条約順守し友好発展呼びかける 蘆溝橋事件50周年」「北京の記念集会で光華寮の重要性を訴え 蘆溝橋50周年」「「蘆溝橋50年、日本をどう見る」 中国の大学入試で論文出題」「日中戦争、死者2000万人超す推計 京都のシンポで中国発表」「日中友好目指して蘆溝橋50周年集会」の計8件。なんといっても目につくのは、「蘆溝橋」という誤った表記が使われていることです。50年経ってもアジア・太平洋戦争の節目と関わる地名が正しく表記されていなかったことに、関心の希薄さを感じずにはいられません。また件数も他の年より多く、日本軍の加害に触れた記事も2本あるとはいえ、日中戦争全体を主体的に総括しようとする記事は一つもありません。


・1977年 「不戦アピール発表 蘆溝橋事件40周年で文化人 日中戦争の資料も保存」の1件。日中国交回復から初の“節目の7・7”でこれ、というのはちょっと信じられない話です。


・1967年 「(社説)あれから30年」「蘆溝橋事件で記念社説 人民日報」「「蘆溝橋事件」から30年〈下〉 守れ国交上の三原則 犠牲無駄にせぬために」の計3件。3つ目は歴史学者の臼井勝美氏の寄稿です。前日の6日(夕刊)に劇作家の青江舜二郎氏による「「蘆溝橋事件」から30年〈上〉 心配なアジアの命運 少尉で北支の第一線へ」が掲載されています。

・1957年 なし。


なお1985年以降の記事についていえば、「盧溝橋事件」を含むものが624件、「光州事件」を含むものが809件、「天安門事件」が4517件、「拉致問題」が9480件でした。

2018年の7月7日

昨日は盧溝橋事件から81年目となる7月7日でした。グーグルのニュース検索結果は次の通りです。

非主流メディアであるレイバーネットを除けば、盧溝橋事件を主体的にとりあげたものはありません。日本のメディアが気にするのは“中国が反日かどうか”だけのようです。

「特集ワイド 「NNNドキュメント」清水潔さんが検証 南京事件「否定論」なぜ」

NNNドキュメントの「南京事件2 歴史修正を検証せよ」が放送されたのをうけた毎日新聞の特集記事。ちょっと見過ごせない箇所があるのでコメントしておく。

 続編は、こんなシーンで始まっていた。旧日本軍が45年8月に証拠隠滅のため焼却しようとして、焼け残った書類の映像。防衛省防衛研究所が保管しているもので、南京事件の存在を記録した文書はないが、「南京ヲ攻略スヘシ」と書かれた命令書は残っている。

南京事件の存在を記録した文書はない」とはいったいどういう意味だろうか。こんにちわたしたちが「南京事件」と認識しているような一連の出来事の総体を「南京事件」として記録している文書、が公文書の中に存在しないのはあたりまえである。日本軍がそうした文書に結実するような調査を行わなかったからだ。「南京事件」は残された史料や証言から歴史学者が再構成した過去の出来事なのだから、リアルタイムの史料がそんなものを記録しているはずがない。しかしそれをいうなら「太平洋戦争の存在を記録した文書」だって存在しないと言えてしまうだろう。他方で敗戦時の隠滅を逃れた文書はそれなりに残っている。防衛省防衛研究所が管理しているものに限定しなければ、岡村寧次やジョン・ラーベなどがかなりの規模の虐殺の「存在を記録」した文書もある。「南京事件の存在を記録した文書はない」は非常にミスリーディングな表現であろう。

松尾一郎「『「南京事件」を調査せよ』絶版のすすめ」

  • 松尾一郎、「『「南京事件」を調査せよ』絶版のすすめ でたらめ「日テレ」ドキュメンタリー」、『歴史通』、2017年4月号

「松尾一郎」という人物をご存知でしょうか? 南京事件の“証拠写真”についての検証結果を東中野修道らにパクられた……と主張している人物で、最近もツイッター東中野藤岡信勝をディスりまくっています。
さて、今年第2弾が放送されたNNNドキュメント南京事件(山田支隊による虐殺)番組、その第1弾である「南京事件 兵士たちの遺言」(2015年)を「デタラメ」とする記事をこの松尾氏が『歴史通』に寄稿しています。まあ掲載誌が『歴史通』という時点でお察し……ですね。
従軍した兵士の日記を「三次資料以下」としているあたり、あれだけディスりまくっている東中野と同じ資料等級論に依拠しているようです。
松尾氏が得意とする(と自称する)写真についていうと、番組内に登場する“多数の人間が防寒着姿で倒れている”写真にケチをつけています。しかしそもそもこの写真は、番組内では取材のきっかけの一つとして、また今後の取材の可能性を暗示するものとして使われているにすぎず、山田支隊の虐殺については写真は一切根拠とされていません。例によって証拠にされていないものにケチをつける、という手法です。
あとはこれまたおなじみ「便衣兵」論やら第2弾で俎上にあげられた「自衛発砲」説の繰り返しで、新しい主張は皆無でした。
びっくりするのは、「この番組はインターネット上の動画配信サイト、ユーチューブにおいて視聴することが可能である」と、違法アップロードされた動画を紹介していることです。歴史修正主義者のモラルがよくわかります。

私人の犯罪に憤激する前に己の歴史修正主義を恥じたらどうだ?

酷い、酷すぎる!人として許せない。怖かっただろうに。痛かっただろうに。幼児は親無しには生きられない。一番頼りになる存在の親に殺されるなんて。小さい子供が犠牲になる事件のニュースは本当に辛くて耐えられない。
https://twitter.com/miosugita/status/1004298683721142272

クズ親!ほんと許せない!!


食事与えず放置、容疑で父母を逮捕 東京・目黒の女児虐待死 - 産経ニュース
https://twitter.com/MR_DIECOCK/status/1004295505571078144

いずれも引用にあたってニュースへのリンク部分を省略していますが、お察しの通り目黒区で起きた幼児虐待致死事件に対する反応です。
私がネットの歴史修正主義に注目するようになった理由の一つは、旧日本軍の戦争犯罪を否認するネット右翼の大半が、私人の刑事犯罪については厳罰主義的である、というのが解せなかったからなのですが、この2人もまさにその典型ですね。
いうまでもなくアジア・太平洋戦争ではこの事件に匹敵するような残虐行為が数え切れないほど行われてきたわけです。それを否認する「歴史戦」の旗を振っているこの2人に、両親を非難する資格なんてありません。


それとはちょっと話が違いますが。

オウム事件真相究明の会」の方々は、本当に歴史を知らない(と思いたい。知っているなら悪質な確信犯)。地下鉄サリン事件って約23年位前で、そこから延々と裁判をやっているのに、その経緯を無視して物を言われてもねえ。ホロコーストはなかったーとか無邪気に信じている人と同じレベル。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1003946070781464576
これは6月5日のツイートですが、8日にも同じ内容のツイートをしています。上と同じく、引用にあたって他のツイートへのリンクを省略。
さて「オウム事件真相究明の会」が「地下鉄サリン事件はなかった」と主張しているという事実は管見の限りではありませんので、一体いかなる意味でホロコースト否定論と「同じレベル」なのか理解不能です。そもそもホロコースト否定論者が「無邪気」だというのも間違いですね。反ユダヤ主義抜きのホロコースト否定論なんて存在しませんから。
そもそもこのひと、「慰安婦」問題についてこんなツイートをしているわけで、歴史修正主義に対してはずいぶんと“理解”がありそうなんですけどね。

国から果てしなく被害者、加害者という関係でのマウンティングを続けられれば疑問と憤りを持つのは当然ですし、最終的かつ不可逆的な解決の合意を反故にされたことに対し、不信と怒りの声が上がるのも当然です。
https://twitter.com/otakulawyer/status/969465744848175104

刑務所、拘置所、入管など日本の強制収容施設における医療ネグレクトは極めて深刻な状態にあり、また「死」のみが刑罰であるはずの死刑囚に対する合理性を欠く接見制限も日本の刑事司法が抱える重大な問題の一つです。これらが地下鉄サリン事件の真相解明にとって障害となっている……というのは、少なくとも可能性としてはありうることではないでしょうか。

「ヒトラーは“ジャンキー”?」

ヒトラーの主治医モレルの日誌には、ナチス総統が薬物を常用し麻薬の依存症に陥っていく過程が記録されていた! ナチス・ドイツの“暴走”は、麻薬によって加速したのか?

ドイツで2016年に出版され、世界的な注目を集めた「第三帝国“薬中”の真実」。番組は、著者ノーマン・オーラーの調査を元に、ヒトラーが薬漬けになっていく過程とドイツの興亡を、新たな視点で描いていく。第二次世界大戦開戦の頃のメタンフェタミン。米国の参戦後、不眠症を訴えたヒトラーが手を出したオイコダル(オキシコドン)という鎮痛・麻薬作用がある“劇薬”・・・日誌には、ヘロインやモルヒネの文字も!
(http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/index.html?pid=180424)

本当に見たかったのは翌日、翌々日に前後編で放送された「ダス・ライヒ 〜ヒトラー “死の部隊”〜」の方で、いわばついでに録画したもの。
ヒトラーの薬物使用が彼の決定に与えた影響について懐疑的な歴史家の一人として登場するのがリチャード・エヴァンス。

そう、アーヴィング対リップシュタットの裁判で、被告リップシュタット側の証人になった歴史家だ。そうした見解に対するオーラーの反応がいかにも典型的。「自分の縄張り」を荒らされたくないからだろうと解釈したうえ、「重要な歴史を専門家だけに任せておいていいのでしょうか」と言っちゃう、という………。このセリフを口にする人間の主張はとりあえず眉に唾つけて聴いたほうがいい。
なお「ダス・ライヒ 〜ヒトラー “死の部隊”〜」2018年5月31日(木)午後5時から再放送。「ヒトラーは“ジャンキー”?」の再放送は2018年5月29日(火)午後5時からです。