リアルタイムの視点

「後智慧ではなんとでも言える」とか「いまの価値観で過去を裁くな」というのは一般論としては一理あるわけだけれども、十五年戦争に関してこの手の論法が持ち出されるときにうさんくささを感じてしまうのは、「当時の指導者にとってアクセス可能であった情報、理念によればあの戦争はしかたなかった」ということを説得的に示した議論を目にしたことがないからである。


盧溝橋事件当時、外務省の東亜局長であった石射猪太郎の日記(伊藤隆ほか編、『石射猪太郎』、中央公論社)は、当時の政府高官の一人が日中戦争の全面化をどのように見ていたかを記録している。

昭和12年(以下同じ)
7月17日
(…)
○而して東亜局長なる職が難儀な役目である事は予想して居た事であったが、今度の様な馬鹿げた北支事変にまき込まれ様とは是又夢思わなかった。
○而して又広田外務大臣がこれ程ご都合主義な、無定見な人物であるとは思わなかった。
○所謂非常時日本、殊に今度の様な事変に、彼の如きを外務大臣に頂いたのは日本の不幸であるとつくづく思うのである。


7月30日
○此間上海で支那人に拉致されたとて大騒ぎになった陸戦隊水兵は鎮江で支那官憲につかまれ南京大使館に引渡されたのであったが、規律に違反して女郎買いに行き罰がおそろしくて逃亡したものと判明、恥さらし。陸戦隊も面目なかろう。
(…)


8月14日
(…)
○海軍は南京を空爆すると云う。とめたが聴き相も無い。
○陸戦隊は日本人保護なんかの使命はどこかに吹きとばして今や本腰に喧嘩だ。
 もう我慢ならぬと海軍の声明。


8月19日
(…)
○本日石原莞爾の河相情報部長に内話する処によれば、支那軍に徹底的打撃を与える事は到底不可能と、私の予見も其通り。日本は今やソビエットの思う壷に落ち込みつつある。(…)


8月20日
(…)
○近衛公のインタビュー、
 曰く、北支の特殊化絶対必要。
   支那の分割、そんな事にならぬとも限らぬと。
 彼はだんだん箔が剥げて来つつある。
 門地以外に取り柄の無い男である。日本は今度こそ真に非常になって来たのに、コンな男を首相にあおぐなんて、よくよく廻り合わせが悪いと云うべきだ。(…)


8月21日
(…)
○日本は馬鹿にしてかかった支那に手強い相手を見出したのだ。私の不吉な予言があたりつつあるを如何にせん。此数年来の危機のかけ声はウルフウルフのウソの呼声であったのだ。豈図らんや犬だと思って居た支那がウルフになって居たのだ。軍部のミスカルキュレーション。国民は愚にせられて、ウルフを相手にして居るのを知らないのだ。


8月24日
(…)
上海派遣軍が防共の聖戦とか国共抗日の南京政府を掃蕩とか馬鹿げた声明をすると云うのを差しとめて貰う。
 彼等は気が違って居るのだ。
 無知と気違いと功名心は往々同一カテゴリー化に来る。
(…)


8月29日
○とうとう蘇支不侵略条約だ。
 支那をここまで追込んだのは日本だ。之で日支防共協定の理想もケシ飛んだのである。
 イラザル兵を用いて、ヘマな国際関係をのみ生み出す日本よ、お前は往年の独乙になる。
(…)


9月2日
○現地海軍より英大使の自動車を撃った*1飛行機なしと報告来る。天下の物笑いである。
 海軍もこんな事になるとダラシが無い。
○暴支膺懲国民大会、芝公園にあり。
 アベコベの世の中である。
(…)
○米国の一新聞の云わく、日本は何の為に戦争をして居るのか自分でも判らないであろうと。
 其の通り、外字新聞を見ねば日本の姿がワカラヌ時代だ。


9月3日
○イギリスでは対日感情が悪くなって、商売にも差支えが出来て来たと正金に入電あり。
 さもあるべし。英はまだ好い。
 アメリカをおこらせたら事だ。自重して居る丈に怒らせたらイカン。注意すべきだ。


9月8日
○議会本日終了。
 二十億と云う追加予算を精査もせずに通過した議会、他日国民に会わせる顔がなくなるであろう事を予想せる者幾人ありや。
 憲政はサーベルの前に屈し終んぬ。
(…)


9月16日
(…)
○孝蔵さん折角招集を受けたが病後尚早なりとて保原へ帰還したと云う。軍人として残念であろうが、こんな戦争に死なずにすむだけでも有意義と云うべきである。
(…)


9月24日
○(…)
 共産党の発言権は斯くして増大するであろう。支那共産化を憂うる日本、支那共産化に拍車を加えると外国新聞は評す。
(…)


9月28日
○南京、広東の爆撃は頗る評判悪し。
 アメリカ、イギリスの新聞はここを先途に書き立てて居る。然し猫の首へ鈴をつける鼠は居ない様だ。
(…)


10月4日
(…)
○日本の新聞はもうだめだ。
(…)

仮名遣いなど一部の表記を現代風に改めた。ひとことで言えば、当時の日本が自分のふるまいを客観視する能力を喪失していたことが、辛辣に指摘されている。「防共」を謳いながら中国共産党躍進のきっかけを作り、国民党をソ連に接近させてしまう日本軍。「東京裁判史観」に反して、陸軍よりも海軍、近衛、広田が日中戦争の拡大に大きく関与していることを示す証言としても重要。

*1:8月26日の日記に記載されている、駐中イギリス大使ヒューゲッセンが乗った自動車が日本海軍機によって銃撃された事件をさす