「30万人殺害されたとは言い切れない」と「30万人も殺されていない」の間の差

南京事件否定派が成功しているのは「30万人が殺害された、とする根拠が十分じゃない」ということの論証である。しかしそこから直ちに「30万人も殺されていない」とするのは論理の飛躍である。「30万人も殺されていない」と主張するためには、それこそ安全区の人口を南京市の人口とすり替えるようなゴマカシ抜きで当時の人口移動について実証的な検証*1をし、「30万人も殺されたはずがない」ことを示す必要があろう。秦郁彦も(80年代には)こう言っていた。

奥野元国土庁長官は「中国政府にかけあって紀念館のかかげる三十万の数字を訂正させろ」と迫って外務省を困惑させたが、代わる数字の持ちあわせがあったのだろうか。へたな数字を持ち出して根拠をただされれば恥をかくだけで、終戦直後の泥ナワとは言え、生きのこり被害者の証言を積みあげた三十万に対抗できる数字をわが方から出すのは不可能と思う。
(「論争史から観た南京虐殺事件」、『昭和史の謎を追う』所収)

秦郁彦の「4万人説」は「否定論には与したくないけど、しかし…」という人に人気があるが、秦氏本人もこの数字は当時見つかっていた史料を元にした暫定的なものだ、と断っている。日本軍の戦闘詳報ですら見つかっていない方が多いのである。「最低でも4万人くらいは…」というならともかく、「掛け値も割引もなしで4万」とはとても言えたものではない。

*1:上海方面からの難民も発生しているので、南京特別市のみならず揚子江デルタ地帯を研究の対象とする必要があろう。