「数学屋」さん、まとめ

現時点での最新のエントリは、各所から寄せられた反論を無視して、反論が出るのは相手の理解力がないせいだと開き直るだけの内容となっており、もはや議論の相手としてはとりあげるに価しない。ただ、「私は否定論者ではない」と自称しつつ実質的には否定論と同じ発想で思考する人間が存在することの実例として、またそうした思考法のどこが問題なのかを明らかにしておくために、いま一度エントリを書いておく。

khideaki氏が南京攻略戦に関する基本的な事実をほとんど知らないことはこれまでのやりとりからも明らかになったし、またご自分でも事実上認めておられる。問題は、そうした知識の欠如を「論理」という言葉で正当化しつつ、「30万人虐殺はありえない」という非常に強い主張をおこなっている点である。「30万人虐殺に十分な根拠はない」とか「30万人説は間違っているだろう」ならまだよい。しかし「ありえない」である。しかも事柄は「三角形が4つの辺をもつことはありえない」といった類いのものではない。現実に起きた戦争のある局面において、30万人が虐殺されたという主張の成立可能性を「簡単な論理の問題」で議論できるという発想がまずはとんでもない。その具体的な内容たるや「原爆でも使わなければ」とか「殺害する理由がない」とか「具体的な方法」がわからないとか、「毎日平均でも７０００人ほどが虐殺された計算」になるとか、「理由が見つからない行為をすると考えるなら、日本民族はそういう民族なのだと考えるしかなく」なるとか、これまでたびたび紹介しかつ批判してきた否定論者の発想そのものである。「どう考えてもありえない」と主張するためにはそれこそ考えられる点についてはすべて考察してみせる必要があるはずだが、この人は単に自分が持っている戦争についての陳腐なイメージに基づいて「ありえない」と思い込んでいるだけなのである。

khideaki氏が単に「30万人説を否定」しているだけではなく、決定的に否定論と同じ方向へと踏み出していることを示すのが、戦時国際法を無視して次のように言いだしたことである。

軍人の論理に従えば、一人のゲリラを殲滅するために１００人の村人が犠牲になっても、それは虐殺ではなく、任務遂行の際に起こった事故であり止むを得ない犠牲だと考えるだろう。それを虐殺だという判断が大勢を占めるようなら、軍人の論理がまったく通用しない｢言語ゲーム｣が行われているのだと思う。

詳しくは青狐さんによる批判に譲るが、「軍人の論理」はこの世界を統べる至上の論理でもないし、またそうあるべきでもない。さらに軍人の名誉のために付け加えておくと、旧日本軍にだって「ゲリラ殲滅」に名を借りた民間人の殺害に疑問をもった人はちゃんといたのである。
ついでだが、この一節はまたしても南京攻略戦の実態に関する無知を露呈している。南京攻略戦では「一人のゲリラを殲滅するために１００人の村人が犠牲」になることを軍事的に正当化するような局面はほとんどなかったといってよいからである。

もう一つの問題が露骨なダブルスタンダード。

｢虐殺｣という言葉に意味がある、客観性がもてるということで考えるなら、それは戦闘行為の過程ではなく、戦闘行為が終わった後の行為として考えるしかないだろう。

もうこの一文自体が非論理的もいいところで、「虐殺」と「不法な殺害」は必ずしも一致しないことは無視しているし、「戦闘行為の過程」で起きたことならなんでも合法というわけではないという当たり前のことを無視している（イペリットガスを使っても「戦闘行為の過程」だから「虐殺」ではないのか？）。「客観性」をいうならばまず準拠すべきは戦時国際法なのに、この人は歯牙にもかけないのである。にもかかわらず、なぜか東京大空襲や原爆投下は「虐殺」だ、というのである。こんなたわごとは相手が中国人であれアメリカ人であれ、あるいはそれ以外の国の人々であれ通用するはずがない。

最後に。

このアンケートの信頼性をうんぬんしたい人もいるだろう。しかし、｢蓋然性｣のない主張が世論の支持を失わせるどころか反発さえも呼ぶというのは、論理的に考えてみてもいいことではないかと思う

こういうふうに「論理」という語を用いる人が「数理論理学を勉強して」きた、というのは私にはちょっと想像しがたいことである。「ありえない」とはいいませんが。事実に関わるある主張にたいして「ありえない」と判断することが一体どれほど強い根拠を必要とするか、というそれこそ（広義の）論理学的センスを欠いていることからもそう感じるんだけど。

追記：というか、中国が「30万人説」に固執する要因の一つが、事実関係をろくに知りもしないのに「30万人なんてありえない」とか「1万人くらいならあり得る」などと軽々しく口にする人々の存在でしょう。誰でもいいから、第三国の、戦争犯罪や大量虐殺などについてそれなりに知識と関心のある人に向かって「原爆でも使わなければ」とか「殺害する理由がない」とか「具体的な方法」がわからないとか、「毎日平均でも７０００人ほどが虐殺された計算」になるとか、「理由が見つからない行為をすると考えるなら、日本民族はそういう民族なのだと考えるしかなく」なるからとか、「軍人の論理」では「一人のゲリラを殲滅するために１００人の村人が犠牲になっても」虐殺じゃないから、などという理由で「30万人虐殺はありえない」って言ってみるといいですよ、ほんと。笑われるだけですんだらよい方で、まずレヴィジオニスト扱いされるでしょう。